春の漣

蒼野
·
公開:2024/11/30

春を思い出せば浮かぶあれこれ、かたちのないものをなぞるのはわたしのゆびさき。あなたにはもう透けてしまったかたちのないわたし自身。

触れるだけで傷つけるという意味を含んでしまう言葉が寿命を静かに掠めとっていく。

あなたのお気に入りのレコードには小さな傷が無数についている。慰めの数だけ波打った漣のどこかに、「幸せ」という声を隠した。

好きも嫌いもない場所でわたしのままで咲いていたい、かたちのない春のなか、立ち尽くした桜が息をし続けるひなた、小さな薔薇たちの咲いている庭、磨かれた天藍石、密かな呼吸。すぐさま冷えてしまう指先をあたためていて。

いつかわたしたち、とおくとおくに離れてしまっても、なんだかきっと大丈夫、そう思った。その言葉には、たしかなかたちがある気がする。

あなたはわたしの、わたしはあなたの中で、ずっとちいさく、息をしていた。

この眼に映る桜がとても美しいことは、あなたが決めてくれた。あなたが教えてくれたのだ。

@aono_youki
Psychē 詩と短歌の記録