大晦日。家族全員で食事を囲んだ。すき焼きと海鮮刺身の盛り合わせ。
食事メニューの豪華さよりも何よりも家族全員がそろったのが嬉しかった。実は、家族4人全員が集まるのは6年ぶりだった。
兄も自分もびょういん勤めであり(自分は訳あって9月に退職したのだが)、COVID-19が5類に分類されて以降もインフルエンザが猛威を振るうこの冬のシーズン、普段会わない者同士が狭い空間で共に喋り、共に飲食することを控えていたのだ。
ほろ酔いの父と、食事もそこそこに職場へ帰って行った兄の言葉に込み上げるものがあったので、記録しておきたい。
春まで自宅警備(大意)することになった自分に対し、兄の一言。
「田舎は村社会なんだよな。俺はそれが厭でここから離れたが、おまえはあのびょういんで、あの科で、それこそ万国びっくり人間の縮図をうんざりするくらい見てきたわけだし、それでもn年も勤めあげた。だから、そのへんも気負わずに、なんとかのらりくらり溺れず流されずに泳げるだろうよ」
泣いてもいいか? 兄だって日々の激務で去来する色々があるだろうに、それを一言も出さずに、自宅警備に励む妹への餞をくれる。いったいなに? なるほど、これがおにいちゃん……!
そして、父からの一言。
「自分の就いた仕事が失敗したかどうかなんてさ、勤めている間も、定年してからだって分からないんだよな。ただ、生涯を終えるときに良かったかどうか。一つでも良かった瞬間を思い返せたら、それで良いんじゃないか?」
泣いてもいいか? 故郷を離れ、上京して就職以降、定年まで同じ会社でずっと家族のために時には単身赴任で何年もあちこちを飛び回って勤労を続けた父からの言葉ですよ。深い。俺は外で泣く……!
父と兄の言葉は、ありきたりのものなのかもしれない。でも、二人が言葉を選んで、音にしてくれたのが嬉しい。たまらなく嬉しい。
🐺オレはやるぜオレはやるぜ
🐺そうかやるのか
🐺やるならやらねば
……ところで、都で夢破れ悄然と故郷に戻ったところで家族に声をかけられるシーン、この既視感が凄い2025。この光景も詠み人の胸に去来する心情も故郷の変わらぬ分け入っても山の風景も唐詩三百首で詠まれていた気もするし、万葉集や古今和歌集でも編まれていた気もする。戦の初陣に向かう孫に祖父や叔父が声をかけるシーンでも見た気がする。
俺、ここで一首詠めないといかんのでは?