『枯木灘』を読み終えた。「解説」の柄谷行人による評が的を射ている。以下に引用するが、ややネタバレ注意。
「『枯木灘』の特徴は、長さのわりに、何事も起こらないことだ。そこにあるのは、同じことの執拗な反復である。たとえば、主人公秋幸の土方としての労働、そして実父浜村龍造の噂、少年期に起こった家族の出来事が通奏される。(…)それはフーガ的な反復として、徐々に強度を強めていく。同じ音が幾度も鳴り、その極まりの中で、秋幸の殺人が生じる。」(p. 409)
同じことの反復の中で溜まりに溜まった澱みが、夜の河辺で「突発的に」解放されるそのカタルシスこそが本書の物語的な魅力なのだろう。正直言って土地も家も血も、私にはそれほど強い実感を持って受け止められるものではないが、そのような読者にとって非現実的なものをもある種のリアリティを持って立ち上げてしまうのが、文学作品の凄みだと思う。
天幕のジャードゥーガル12話を見た。やっと物語が真にスタートを切ったような感覚で、先が気になる。これまでのごたごたを受けてなおオゴタイはシタラに挑戦を突きつける。ファーティマやドレゲネやソルコクタニやボラクチンが裏で色々と陰謀を巡らせても、それでもこの帝国は揺るがない、そう言っているように思えた。漫画を買ってみようかな。
気になっている本。井上達夫『世界正義論』ちくま学芸文庫。サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』竹書房文庫。あとは、実家にある倉橋由美子と福永武彦もいずれ読みたい。
今日は家族で旅行。浅草経由で日光に向かう。途中、浅草寺でお参り。そこでどら焼きを買った。東京3大どら焼きの一つらしい。生地がふわふわでパンケーキみたいだった。餡子も美味しい。でもどちらかと言えば、以前食べたうさぎやのどら焼きの方が私好みかも。その後はスペーシアXで日光へ。1号車のやや特別な席に座った。ソファ型のゆったりとした座席でくつろぎながら、車内のカフェで買った和紅茶を飲んで、雨曇りの景色を眺める。窓も大きく開放感があって楽しめる。しかし働いてもいないのにこんなに贅沢して良いのだろうかという気持ちも芽生えてくる。駅員さんが撮ってくれた写真の掛け声は、優しい声の「はいエックス」だった。

日光は駅前の雰囲気が良かった。綺麗な山並みの存在感。今日は遅いので観光はせず旅館に行く。部屋の窓からはすぐ下を流れる川がよく見えた。水が岩にぶつかって白く泡立つ様が印象に残る。

岩波文庫の『大江健三郎自選短篇』を読む。初期短篇は読んだことのあるものが多いが、やっぱり大江の小説には独特の味わいがある。確かに読めているし、むしろ読みやすくすらあるのに、いったい何を読めばいいのかわからなくなるような不思議な感覚。でも同時にそれが快い。読めば読むほど立体的な奥行きを感じる。文章は滋味があり、物語は面白く、そしてそこに込められた寓意は奥深い。まさに一線級の文学だと思う。