2026/3/8:日記

Aqu4
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公開:2026/3/8

長崎旅行一日目。

窓口で切符を買うのだが、発券機が詰まってしまったようで、駅員さんが開けた機械の内部を見ることができた。珍しい経験。何やら丸いノブのようなものをしきりに回していた。

初日はほぼ移動で終わる。電車の中で遠藤周作『沈黙』を読んだ。キリシタンに対する厳しく狡猾な迫害を目の当たりにした司祭は、辛苦と猜疑に苛まれながら神の沈黙について懊悩する。時折思い浮かぶのはキリストの顔。臨場感の伝わる達意の名文が光る。

世に悪が蔓延り、前途に苦難が待ち受けていたとしても、それでも神を祈り讃えることができるのか。

「罪は、普通考えられるように、盗んだり、虚言をついたりすることではなかった、罪とは人がもう一人の人間の人生の上を通過しながら、自分がそこに残した痕跡を忘れることだった。」(p. 135)。

「魅力のあるもの、美しいものに心ひかれるなら、それは誰だってできることだった。そんなものは愛ではなかった。色あせて、襤褸のようになった人間と人生を棄てぬことが愛だった。」(p. 182)

「理解できないのは、この中庭の静かさと蝉の声、蝿の羽音だった。一人の人間が死んだというのに、外界はまるでそんなことがなかったように、先ほどと同じ営みを続けている。こんな馬鹿なことはない。これが殉教というのか。なぜ、あなたは黙っている。(…)自分がやがて殺される日、外界は今と全く同じように無関係に流れていくのか。自分が殺されたあとも蝉は鳴き蝿は眠たげな羽音をたてて飛んでいくか。」(pp. 187-8)

「転んでいい。いいや、転んでならぬ」(p. 209)

本を読んだ後に他人の感想をすぐにみると、それに影響されてしまうから、まずは自分の感じたことを大切にしよう、という話があるけれど、これは自分の感想についても言えることのように思ったりする。自分の感想をあまりに早く言葉にしてしまうと、かえってそれに縛られてしまう。言語化の罠。

今日は佐賀県で降りて一泊する。武雄温泉という昔ながらの温泉街。駅前は新幹線が停まるからか小綺麗だけど、少し歩くと、夕方で人がおらず寂れて物悲しい雰囲気が漂っている。のんびりと時間が流れる感じ。遠くに見える山はごつごつとした形で面白い。それで、唐津出身で東京駅の設計も行った辰野金吾による建築を訪れた。国の重要文化財らしい。思いがけず中に入れて楽しめた。

@aqu4
「僕みたいな麗しい者は、生きていると感慨に耽ることがままある。そういった現実で得られる経験こそ、素晴らしい劇中歌にとっては欠かせないものなのさ。」