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2026/10/7:日記

Aqu4
·
公開:2026/10/7

君死ぬ13話を見た。アリがやっぱり好き。ところで来季はあまり見たいアニメがないのでどうしようかと思っている。あと原神の魔神任務も終わらせた。なかなかに熱い展開で良かった。限定星5引換はヴァレサをお迎えした。雷アタッカーが全然いないので。

noteを書いた。少し難しいけど、私としてはかなり重要なことを言っているつもり。普遍化可能性原理から何らかの道徳を導くことができるのか、仮にそれができるとしてそこから導かれるのはどのような道徳なのか、ということを考えている。何でそんなことを考えているのだろうという感じだが、しかし一度思いつくと書かずにはいられないのだった。


やっぱりヘアの議論には大きな飛躍があると私は思う。あらゆる他者の立場に立って考えるということと、あらゆる他者の選好を自分のものとして考えるということとの間には、超え難い断絶を感じる。上手く言えないけれど、選好というものが各人に属人的に帰属しているからこそ、それらの間の優先関係が重要になってくるのであって、全ての人の選好が自分という一人に帰属してしまうというのは、何かが踏み越えられているというか、とにかくなんか変。この変さを上手く言葉にできたら、それがヘアの理論の急所になるはず。

ここでウィリアムズの言葉を借りれば、「選好の集積は、選好が異なる人々のものであると理解されない限り、全く意味不明なものとなってしまうのである。」、「[ヘアの理論は]、私たちがこの事実を忘れ、倫理的世界を一つの大きな選好の海と見做すよう要求する。(…)この見解は、(…)世界の解釈として意味をなさない」、「「人格の個別性」は「道徳にとって根本的事実」なのである」(『生き方について哲学は何が言える』ちくま学芸文庫、p. 180)。

いずれにせよ、この意味での「人格の個別性」を重んじる点で、私は「功利主義」者ではなく「契約論」者だということになるだろう。

@aqu4
「僕みたいな麗しい者は、生きていると感慨に耽ることがままある。そういった現実で得られる経験こそ、素晴らしい劇中歌にとっては欠かせないものなのさ。」