2025年の振り返り

aramashi
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公開:2026/1/23

2025年を振り返る。印象に残った諸々を記す。

できごと・変化

猫たちの生活範囲を広げた

すくすくと育った彼らに六畳一間は手狭で、2階にも行き来できるよう家を整えた。寝室の窓から外を眺めることと、食卓の脇にある小さめのタワーで丸くなるのがお気に入りのよう。

手術を受けた

年々悪くなる持病がいよいよごまかせなくなり、根治すべく手術を受けた。入院を要する外科施術を受けるのは初めてだった。

痛みにうなされているときは本をめくるのすら億劫で、横になりながらでも観られる映画に救われた。患部を庇いながらの歩行は遅々として進まず、徒歩数分だったはずのコンビニまでが途方もなく遠い。よろけて倒れたら最後起き上がれる自信がなく、細道をすれ違う他人の肩が怖かった。そのように頼りなくなっても数日、数週間と経つにつれ確実に良好へと向かう治癒力に目を見張る。今は健康を噛み締めている。

瀬戸内に行った

十分に体調が落ち着いた頃合いに、治療の慰安にと瀬戸内へ渡った。離島の民宿『凪待ち荘』に泊まり、直島と豊島の海と美術館を観て回った。

一面を染める夕景に息を呑み、すべての光を返す波飛沫に胸が苦しくなった。到底敵わないほど強く大きく美しいものに真正面から迫られたいと選んだ行き先に誤りはなく、祝福と形容するにふさわしい晴天に恵まれ続けた数日だった。

日記本の帯を作った

自作の日記本『ホールケーキを切り分けて』の帯を作った。遠く広くまで届けたいと思うたび、この本は何物なのかをなるべく誤りなく説明しようとしては手をこまねいている。書影を目にした方にとってこの帯が、この本を解釈する補助に少しでもなればと思う。

日々をつぶさに記さなくなった

どうして自分は日記を書くのか、書いたものをどう捉えているのかを突き詰めれば、日記という形式を取ってこそいるが目指しているものは詩歌に近いとわかり、それからは毎日書くことにもできごとをつぶさに記すことにも前ほど執着しなくなった。

私にとってのこれは、日々を記録し見返せるようにする行為というよりは、知覚した事象やそれを手がかりに得た印象の手触りを題材に、より美しい言葉と音の連なりを探索する試み。

デザインの制作を請け負うようになった

デザインの制作依頼を少しずついただき始めている。その物をその物たらしめる核となる要素を見出し掬い上げることで、その物の輪郭はいっそう際立ち、輝きは一段と増す。その工程に携われることを喜ばしいと思う。

服飾

パンツ|NORMAL EXPERT 365 PANTS.

同居人の絶賛に感化されて購入。足首まで覆われていながらも通気性が高いため、冷房による冷えも鑑みればスカートよりも勝手がいい。朝干したら昼前には乾く水捌けのよさも相まって、夏場のパンツスタイルはこれ以外考えられなくなった。

アウター|snow peak Indigo C/N Anorak

試着から数日空けても忘れられず、腹を括って財布の紐を緩めた。これを着ている日は終始機嫌がいいので十分すぎるほど元が取れている。お尻が隠れるほどのMサイズをがばりと着るのが塩梅いい。

靴|THE NORTH FACE VECTIV Taraval FUTURELIGHT

キャンプに行く際に購入。撥水性があり、汚れても気にならず、多少の悪路もガシガシ歩け、日常使いも可能なスニーカー。パンツスタイルにはもちろん、きれいめなワンピースの外しにも都合よく、気づいたらこればかり履いている。

展示

DIC川村記念美術館「200展示室」

左右の窓に切り取られた景色は明るさも色味も異なって、朝と夜とが共にあるよう。冷たく研がれた雨に霞んで、庭園は和紙を重ねたかのように落ち着いた彩りを帯びている。厳粛な光に洗われることで救われる魂がこの腑の傍らにはあるのだと、尊ぶべき輝きを見つめるたびに思う。

東京国立近代美術館「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」

己がもたらす影響に自覚的でありながら確かな力をも持つ画家や写真家、編集者が生み出すひとつ一つには、文脈を断ち切るほど観る者を惹きつけてやまない魅力があり、静かに感動するとともに恐ろしくも思う。

WHAT MUSEUM「諏訪敦|きみはうつくしい」

象れば象るだけ、かつてそこにあったはずの存在がかつてそこにあった事実こそ際立って、今はもうここに無いという不在の輪郭が濃く深くなる。質量と重みとを増した記憶や時間に眼前まで迫られて、これが知りうる誰かの話であれば堪えられるとは思い難い。

アーティゾン美術館「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」

侵略と植民と搾取の果てに今があると強く意識させられた展示。どう足掻いても余所者であるとして、だとしてもせめて守れる最低限の正しさについて考える。あなたは誰?と問われたときに、どこに立って、なんと答えたいか。

演劇・映画

イキウメ「ずれる」

劇団の活動休止前の演目を三軒茶屋のシアタートラムで。目的を果たすことそれ自体よりも目的を果たすまでの寄り道をどれだけ楽しめるかが人生だと、そう心の底から言えるためには、やろうと思えばいつだって目的を果たせると確信できるだけの力が必要。

落下の王国

4Kデジタルリマスター版を新宿武蔵野館で。映像で観る詩とは言ったもので、衣装も景観も美麗の極みで圧倒された。それらの魅力を引き出しつつ時に惜しみなくカットするカメラワークにも舌を巻いた。フィクションが、物語が、映画が、現実を何ひとつ変えないとしても心なら。

グランド・ブダペスト・ホテル

入院中にベッドの上で観た映画の一つ。薄桃色にけぶった隙のないシンメトリーに見惚れているうち、音楽が奏でられるかのように物語が爪弾かれていく。まだ見ぬ美しい作品がたくさんたくさんあることを、回復に際して希望と感じた。

雪舟 えま「地球の恋人たちの朝食」

日記と詩の狭間にあるキュートでポップでちょっぴりさみしいこの世の話じゃない話。星が散りばめられたわたあめみたいにきらきら光って掴めそうで掴めない。浮遊しながら笑ってる拠り所のない愛らしさ。身になる話や実のある話は今はよく、ただかわいいねって言いたいだけ。

@aramashi
詩歌としての日記|猫2匹|lit.link/aramashi