数年ぶりに京都へ行った。
京都は遠縁の親戚が住んでいて、人生初の一人での遠出も京都だった。なんとなく自分に近い距離にある地方。東京と似たり寄ったりな街並みなのに、違うのはそこかしこにある神社仏閣と遠くに見える山。物心ついた時に改めて景色を見てなんとも不思議な気持ちになった。過去と現在と自然がそこまで喧嘩せずに佇んでいるような、それはわたしにとって、何かにけつまづいたときのよりどころでもある。コロナ含めた様々な要因でここ数年ずっとずっと行きたかったけど行けなかった。重い腰も上げ、この機会にと勢いで決めた。
行き先は細かく決めてなかった。貴船さんと知恩院さんにだけはどうしても行きたかった。市街地から離れた神社仏閣に行くときは喧騒に飲まれないように朝イチで移動することに決めている。知恩院さんは到着日に寄って、翌朝に貴船さん行って、それから市街地に下りつつ覗いていけばいっか、とそれだけ考えて、貴船さんに行きやすい場所に宿を取った。それが出発の数日前。
勢いと雰囲気で決めすぎていろんな情報収集を怠った。寒波がきてるのを知らなかった。新幹線乗り場での遅延・運休、の文字に目が点になった。
えっ、運休てなに?やっと取れた自由時間なのに、ここまで来て行けないとかある?試されてる?乗車予定の新幹線が発車するのかしないのか、それはどこを見ればわかるのか全然見当がつかなかった。コロナ禍で錆びついた自分のアンテナにもびっくりした。
結局は定刻通りの発車、名古屋〜新大阪間が徐行のため到着遅延するとのことで、なあんだ行けるなら遅れてもいいや〜よかったよかった〜と乗り込んですぐ寝落ちた。目が覚めたら車窓の変化に慄いた。雲ひとつない青空だったのにうすら暗いブルーグレーの雪景色。これは確かに運休もする積雪…
徐行しているからか窓際の席はちょっと寒かった。買ってきたお茶はすでに冷えていて、今はもうない車内販売のホットすぎるコーヒーが恋しくなった。
一時間遅れで到着、でも特段気にしていなかった。バスはインバウンドで大混雑という情報だけは知っていたので地下鉄を使うことにしていたけれど、東京より本数が少なく意外と待つ=意外と時間が減っていく。神社仏閣は閉門時間も早い。知恩院さんに飛び込んだのは閉門20分前だった。荷物を背負ったまま東山の駅から緩い坂道を早足で上っては下り、北門から境内への幅がある階段も早足で上る。あれ、これは修行かな、と思った。
知恩院さんは曽祖父母が納骨されている(らしい)のでどうしても行きたかった。まずは納骨堂に手を合わせようと駆け上ったらお線香が置いてなくて駆け降りて線香を買い、火をつけ、また駆け上った。あれ、これは石段トレーニングかな、と思った。
納骨堂へご挨拶したあと本堂へ向かったらすでに半分扉が閉まっていて隙間から息も絶え絶えにご挨拶、振り返ったらもう扉が全部閉まっていた。駆け込みも駆け込み。慌ただしくてすみません…と何度も心の中で詫びた。
そのまま八坂神社の方へ出たのだが、賑わいにめちゃくちゃびっくりした。日本語が聞こえない。これがオーバーツーリズムか…と目を丸くした。東山界隈とはうって変わって、八坂さんから四条へ向かう直線に喧騒が見えていたので、ちょっと流したら早々に宿へ戻ることにした。戻る前に食べたにしんそばはあたたかくて美味しかった。
明け方、聞いたことがない低音に驚いて目が覚めた。近所のお寺の鐘の音だった。いかにも京都だな…って思いながら起きた。
荷物を預かってもらって予定通り貴船へ向かった。今日も今日とて風が冷たく、背筋が伸びて昨日とは違う早足になる。白い息と朝日が気持ちがいい。出町柳駅から叡山電車に乗り換え、車窓を見ていたら徐々にまた景色がブルーグレーになっていく。遠くの山は白く笠をかぶっている。
ちょっと嫌な予感がした。
目的地貴船口駅は案の定雪景色。いや積もってると思ったけれど、現在進行形で降っているとは思わなかった。傘はあるけど山道で片手が塞がるのは怖い。アウターのフードをかぶって神社行きのバスを待つ。あの15分、これまで経験したどの15分よりも静かで長かった。
バス停から神社まで転けないようにゆっくりと進むと凍結した石段がお出迎え。ランニングシューズは踏ん張りが効かないので一歩一歩場所を決めて上る。
今日もやっぱり修行なのかな、と思った。
貴船神社は山道沿いにお社がみっつ。一番遠くの奥宮まで行く気でいたけれど、ちょっと躊躇した。足元の坂道は積雪アンド凍結、頭上から降雪。でも今度はいつ来れるかわからない、なら行くしかない。いざとなったら側道の旅館かご飯どころで泣きつこう(ひどい)と歩を進めた。
山道は車線が一本程度の幅なのに、みなさん慣れてるのかまあまあ飛ばして走ってる。凍結しないように水を流してるけれど、端っこの歩道あたりは結構凍ってる。コケたら轢かれるな…とヒヤヒヤしながら上る。途中、バスで一緒だったわたしよりも頑丈そうな靴のおんなのこ2人が引き返していた。え、そんなひどいの?と思いつつも引き返せなかった。寒い、怖い、いやマジ修行…この三つをずっとぶつぶつ言いながら上ってたので、聞こえてたらそっちの方が怖かったと思う。
どうにかこうにか奥宮までたどり着いたらまた雪が強くなった。じゃり、じゃり、と固まった雪をふみ、本堂前まで歩いていく。ご挨拶できた!と、RPGクリアしたときみたいにテンション上がった。レベルアップ!
…でも待てよ、今度は戻らなきゃいけない、上り坂は下り坂になる。凍結した下り坂はどこまでも修行だなと思った。そういえば近くの鞍馬山は義経が修行したところだもんな…
貴船神社は龍神が祀ってあって、わたしは辰年生まれなのでどうしても今年頭に行っておきたかった。これまで数回お邪魔したときは初夏だったり秋口だったりで、こんだけ本気の雪景色の中に身を置いたことはなかった。雪の貴船は綺麗だよ〜なんてよくいうけど、確かに綺麗だったけど、若干の畏怖も含め静かで厳かな山だった。冬の貴船は手軽なところじゃない気がする。そのぶん、どの季節よりも達成感みたいなものもあったけど。
奥宮へ向かう道中、ほとんど人とすれ違わなかった。前にも人が見えなかった。静かな雪が降る中、ぎゅっ、ぎゅっ、という自分の足音と息使いしか聞こえなかった。
何も考えず、ただ目の前のことに向かい合うだけの時間。これから先の様々な物事に対する姿勢を教えてもらったような気もした。
無駄に頭をこねくり回さないで目の前のことに真っ直ぐ。
貴船さんから降りてきたら市街地はめちゃくちゃ晴れていた。時折天気雨みたいにみぞれまじりになったけど、晴れていた。ここまで山と下界の天気が違うのも未経験で、もしかして違う時空に飛んでたのかなって思うくらいの違いだった。
静かな場所は身の回りの音がよく聞こえる。賑やかな場所はかき消される。だから色々と確認をしたくて、静かな場所に行くのかもしれない。雪は音もなく降る。雪は少しだけ、周りを遮断して、ノイズのない自然を近くに寄せる。
修行だったけど、行けてよかったと思う。