佐海ずうさんの「「結婚できない」女たち」を読む。レズビアンカップルの抱える生きづらさを、痛々しくかつ勇敢に描いたまんがだった。彼女たちの抵抗を尊いと感じるほどに、それを〈抵抗〉と呼ばなければならない現状の歪さが浮き彫りになる。
国家の求める家族像と、時代の求める家族像が著しく乖離しているように感じる。そもそも、国家が一方的にあるべき家族像を定めること自体が、もはやグロテスクだ。
今日。法制審議会で、共同親権を含む家族法改正が強行採決された。調べれば調べる程、ぼくにとっては恐ろしい改正案だった。
今ぼくたちが当たり前に享受している自由の多くも、最初は誰かの抵抗から産み出されたのだということを忘れてはならない。そして、そうするだけの力強さが人間にはあるのだということも。
沈黙が必ずしも同意を意味しないことは承知の上だが、奴らはそうは見なさない。ぼくは奴らの仲間になりたくないので口に出す。本当は全部、詩や小説に込めてやろうと思ってたけど、考えが少し変わった。たまには直接的な表現で発信する。
正義のためではなく、ぼくの個人的な都合で。