超ロングほぼ毎日通院が終わったー!
流石に入院時には食欲がなく前後も味がわからなくて泣いていたのだけど、ひさしぶりにコーヒーを飲んだら美味しいと感じて嬉しすぎた。忘れない


いまの期間限定は冷やし中華だよ(^_−)−☆

先生から朝早くにこいといわれて終わったので久々コメダ珈琲のモーニング。
ごはんを美味しく感じれるのが本当に嬉しい。いつも反動でもりもり食べる。食べれなくなったら終わりだと思うのだ。
病院に救急で入った時、色んな人が素早く検査のために点滴打ってくれたり血液検査したりドデカ注射してくれたりした。
歩けなくて立てなくて看護師さんが用意してくれた車椅子でしょんぼりしていると痛い?がんばろうねと励まされる。
帰りは限界だったので病院からタクシーにしてもらったのだけど、降りる時に運転手さんにお大事になさってくださいね、といわれて、あ、病院からだったからかと思った(車椅子からの移動とかを見てたと思うので)
その一言でもちょっと元気でた。
なんか普段生きてると、このまま死んでもただ終わりでなんもないよな、生きることにはたしてどんな価値があるのか?とかぞんざいに考えるけど、入院して退院するたびに必死に生かしてくれようとする人の献身さに触れるたびに、生きてる価値がないと思うような自分にこうまでしてくれることに泣きたくなってしまう。
そしてたまに自分に対して涙を流すほどの、感情を持ち合わせてくれるひとに出会う時がある。
中学のときに、私が車に跳ねられる瞬間を見た友人は、大声をあげて泣き叫びながら死んじゃうかと思った、死んじゃうかと思ったとわんわん泣いた。
そのときに人は人のためにこんなに泣けるのだなあと初めて思った。
たぶん目の前で友達が死ぬかもしれないシーンを目撃してショックで泣いてるだけで私自身を想って…とかではないんだと今では思うけど、死んじゃやだーうわーん!って泣きまくり、そこから卒業するまで横断歩道を友人たちと必ず手を繋いで渡ることになった。いい友人たちを持ったよなと思う。もう10年くらい会ってないけれど。
ある人はなんかもう疲れたなあと死にたいなとうっすらぼやいたことに、そんな悲しいこと言わないでと普段想像もできない泣き顔で泣いた。
誰でも笑顔を見るのが好きだから、しょうもないことを言うのが大好きなのだけれども、自分のことで泣く人もいるのだなと知った。
自分はいつも自分の悲しみの中でめそめそ泣いていたから、人のために泣ける人がいることに驚いて、自分のために泣いてくれたのがなぜか嬉しかった。
でもやっぱり涙を見るのはすごく胸が、ぎゅーってなるから、そんな表情をさせないようにしたいねと思うのだった。
で、CTも撮って検査も終わって異常なしのはずだけどやっぱりじくじく痛むのね
そもそもはじまりのときも検査しても異常ないと思うと言われたけどやりたいならやれば?みたいな投げやり検査で病気でした〜笑
って感じだったから異常ないならこの痛みはなにと疑って過ごす毎日
まずはカルライを無事に終えたいのでよく横になりたい、普通に眠れないの良くない がんばりたい