銀座の手提げ

arnms
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「酒屋」

先に購入したお手持ちを腕に引っ掛けながら、片手で携帯に文字を打つ。

地図上に赤いピンがいくつも表示され、土地柄だなと思いながら二本指で拡大する。

どうやら「銀座屋酒店」が1番近いらしい。場を冠した名前に無責任な信頼感が湧いてくる。

歴史ある、由緒正しき、洒脱で艶のある夜の街etc…銀座と聞くとそんな勝手極まりない印象が紐付けられ、総称して「信頼」の二文字に落ち着く。仮にそうでなかったとしても銀座で買ったんだけどを枕詞にすれば、ひと笑いも起きるだろうとそこに向かうことにした。

友人の誕生日パーティーのお誘いの要項には「おみやを一つ持参お願いします」と記されていた。そんな場が度々ある訳でもなく、どうしたものか…と悩んだ末に、結局長年お世話になってきたチョコレートのかかったバームクーヘン(こう言う時のカードが本当に少ない)を買い求めに銀座へと足を伸ばしていた。

目的のお店は大手百貨に居を構えており、切り分けられたバームクーヘンが片手に乗るくらいの箱に詰められている。味はもちろんのこと、イラストや紙箱の気取らなさが気好きで、ちょっとした差し入れなどで大変重宝していた。

目的の品も買えたしこれでよし、と人の行き来する通りに出る。有楽町駅に向かう道すがら、身なりの良いご夫妻や家族連れが何組か通り過ぎ、不意に片手にぶら下げた紙袋が心許なく感じた。

パーティーって何人来るんだろう…

今回の会は誕生日を迎える本人が会場を貸切り、手料理を振る舞うというものだった。昨年あたりから会の構想を聞いており「節目としてお世話になった方や友人、同僚などを招待してもてなしたい」と語る彼女に、畏敬の念を抱いていた。

さて、そこで「おみや」だ。

お酒、もしくは食べ物のおみやを〜と書いてあった事から察するに、手料理で全員分を賄うのではなく、持ち寄りと合わせての換算である事は想像に難くない。この辺りは事前に何周か考えた末、どれくらいの量の、大きさの、味の、複数人で食べやすい…と迷った結果、バームクーヘンに落ち着いていた。

いや、足りないだろう。これじゃ。

持ち寄りコーナーの隅にそっと置かれた紙の箱を想像して背中がソワソワとする。このバームクーヘンは良かったらおやつにでも、と渡して、気の利いたワインの一本でも買っていこう。

果たして辿り着いた「銀座屋酒店」は思っていたよりも小ぶりな、親しみやすい店構えだった。奥に向かって長方形の作りで、中央には雑多な品々の乗った長机、左右は酒棚とダンボール…と4人も入れば満員になりそうな規模だった。何より、天井から吊り下げられた液晶テレビが堂々と流し続けるバラエティー番組が目を引いた。

親しみやすいというか、実家ぽい。長身の男性が先に酒を選んでいたので、入口付近で左右に体を傾けながらワインを選んだ。ふとダンボールの隙間に見える、赤ワインのボトルが目についた。ラベルに描かれた踊るような人の曲線が何とも愛らしく、更に足元に描かれた模様もいい。直感的に手に取った。

どのボトルにも金額と名前だけのシンプルな値札が付いているのみで、味の説明はない。値段は高すぎず安すぎずで絶妙。何よりラベルがやっぱり1番いい。男性客を見送り、店主さんに声をかける。

念のため味について質問すると、快く説明をしてくれた。専門的な部分はよく分からなかったが、カシスやベリーの香りがして美味しいとのこと。特に最後に添えられた俺もこれが好きでね、の一言が心強い。

これでお願いします。財布から紙幣を取り出す間に、店主さんが梱包に向かった。

店の奥は更に実家味溢れる配置(立てかけられた掃除機、家庭用冷蔵庫らしきもの、雑貨類が電化製品の上に乗っている)で、眺めていて飽きない。ややあって縦長の紙袋が手渡された。

白い紙袋に黒い紐の取っ手、口の端が上品に内側に折り畳まれる仕様だった。でも1番いいなあとなったのは、これまたささやかに配されたエンブレムとカリグラフィーだった。

ちょっといい酒屋さんで、それこそ銀座のクラブに差し入れるのに気の利いたお酒を持ってきたよ。と言外に滲ませる説得力を持った紙袋に見えた。少なくとも私からは

先に買ったお手持ちと二連で腕に引っ掛けた所で「これも美味しいんだよ〜同じ人が作っていてね、もうストックも少なくて。その赤もだけど直ぐ売り切れちゃうから」そう言って別のワインを勧められたが、また買いにきます。とやんわり断って店を出た。

家に着いて今回買ったワインを検索してみた。白は通販にもヒットするが、赤は売り切ればかりで買える場所が直ぐには見つからなかった。途端に最後に勧められたワインが惜しくなり、検索を閉じた。

銀座屋酒店、また行きたい。