入院日記前編

あるさ
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 1月某日、入院。午前中に病院に向かって入院受付カウンターに向かう。用意していた書類を渡して指定された階へ向かう。エレベーターを降りるとすぐ目の前に詰所があった。各階の詰所に事務の人が配置されていると聞いていたのだが、たまたま席を外していたらしい。看護師さんが慣れた手つきで案内をしてくれた。

 応接ルームで私服のまま待っていると、遠くから叫び声のようなものが聞こえた。

「なんでナースコールしないのぉぉぉ!」

「転倒……? 転倒!?」

 声を聞いた看護師さんが慌てて声のした方へ走って行く。転倒……それは看護師に取って業務中一番聞きたくない単語ランキング上位に入ると聞いていたので看護師さんはさぞかし焦っているだろう。

 そのまま待っていると私と同じように今日入院の人が2人やって来た。そしてその後看護師さんが出てきてまとめて案内される。なんと全員同室だった。病院自体建て直して新しいので病室はとても綺麗で居心地が良さそうだった。そして一人が準備が終わり次第すぐ手術室へ向かう。私は翌日手術だったのでのんびりと部屋に道具を設置しはじめた。

 恐らく明日手術が終わってからはまともに動く事はできないだろう。手の届く範囲に必要な物を設置していく。準備をしている間、薬剤師の方や麻酔科の先生から呼ばれては説明を受けていく。手術室までの道を案内してくれた看護師さんに待ってる間転倒あったみたいで~と、雑談のつもりで話をしたらその看護師さんが叫んだ本人だった。ちょっとびっくり。ICUに入ると聞いていたのだが、入らないでそのまま病室に戻るらしい。ICUは持って行ける物が限られており、スマホは持っていけなかったのでそこはちょっと嬉しかった。

 お昼ごはんと同時に、紙を渡される。どうやら来週のメニューを選べるらしい。これは嬉しい。食べたいメニューを選んでいき、下膳と同時に用紙を渡した。

 手術前日は21時から絶食、当日朝7時から絶飲で9時から手術だったので特にストレス無く過ごす事が出来た。看護師さんから眠剤飲みますか? と、聞かれる。消灯が21時半だったのと、もしかしたら緊張するかもと思って処方してもらう事にした。同時に両手の甲に痛み止めのテープを貼る。

 手術当日。夢に父が出てきて「あるちゃん、俺の介護保険の段階って何だっけ……?」「え? 知らないよ。見た事ないもの。介護保険納入通知書に書いてあるから確認してね」……非常にリアルな夢である。他愛のない会話であるが、どうやら心配して夢にやって来たのだな。保険金入ったらテレビ買ってあげなくては。

 起きたら6時50分。やばい、絶飲開始まであと10分しかない。当日起きてから絶飲までは病棟で飲めるお茶か水のみと決まっていたので慌ててお茶を汲みに向かう。喉を十分に潤わせてベッドの上で待機する。手術まで緊張も若干あったのだが、何故か私は「飲み食いできないのしんどいな」と、思う方が強かった。

 8時45分頃、挿管しやすいようにリップをめっちゃ塗りたくって(入院前の説明で一番念を押された)手術室へ向かう。色んな人に挨拶をされながら手術台の上に乗って横になる。左手の甲に点滴の針を入れる……のだが、一度失敗される。前日の説明の時に「手術室の看護師さんは上手だから~」と、聞いていたのになあと心の中でフフッと笑ってしまう。二度目は無事成功。麻酔科の先生に「これから眠くなりますからね~」と言われてついに来たか! と、ワクワクする。今回手術をするにあたり、色んな人から言われていた「麻酔マジですぐ意識飛ぶから!」だと。「ゆっくり深呼吸してくださいね~」と、言われて言われた通りに深呼吸をする。段々と意識が抜けていくのがわかる。「あー……このまま眠るんだろうなあ……」と、思ったのが手術前の最後の記憶だった。

 「藍原さん、藍原さーん、聞こえますか?」

 ん? 誰か私を呼んでいる? 目を覚ますと同時にガラガラと自分が運ばれる音、振動の度に響く痛み。

「手術無事に終わりましたよ~部屋に戻りますからね」

 気が付いた時には病室に戻っていた。手術がスムーズに進んだのなら13時頃だろう。看護師さん達が慣れた手つきで色んな機械を私に取り付けていく。機械を取り付けられながらふと妹2が二人目を出産した後の姿みたいになっているんだろうなあと思っていた(帝王切開だった)

 点滴に加えて酸素マスク、心電図、パルスオキシメーター、血栓を予防する為のフットマッサージ、尿管、そしてドレーン。すぐ上から蒲団を被せられたのでどんな感じか見る事は出来なかったが大体そんな感じだったと思う。

 パルスオキシメーター、通称良く指からすっぽ抜けるやつはもう片方の手に移してかまわないと言われたので指先がしんどくなった時に付け替えていれば意外と辛くなかった。

 辛いのは酸素マスクである。喉が非常に乾くのだ。部屋に戻ってから一瞬意識が飛んで眠っていたのだが、喉の渇きで目が覚めてしまう。丁度看護師さんがいたので時間を聞くと14時すぎた頃。酸素マスクは15時に外れるらしい。蒸れるし喉乾く~と、思いながらたまに数秒程酸素マスクを取っては戻していた。

 15時、酸素マスクとパルスオキシメーターが外される。それだけでも気持ちは大分楽になったのだが喉がとにかく乾く。17時あたりに歯磨きできるようになり、歯を磨いてうがいをする。喉が潤うのをひしひしと感じた。

 食事再開が調子が良ければ翌日昼からと聞いていたので恐らく他の機械が取れるのは翌朝だろうなと思いながら非常にゆっくりとした動作で寝がえりをうつ。これは指示されている事である。痛いなあ……と、思いながら左に寝がえりをうっていた。右にも寝返りを打たないといけないなと思ってはいたのだが、ドレーンが刺さっているからかうまく寝返りが打てない。看護師さんにそれを伝えるとどちらか片方だけで大丈夫と言われたので体制が辛くなる度に左側を向くようにしていた。

 喉は乾く、フットマッサージャーは蒸れて暑くて消灯時間になっても眠気が無かった。一応注射で痛み止めと眠剤を打ってくれたのだがなかなか寝付けない。ただ、消灯時間を過ぎてもスマホは使って良いと言われていたので家族からのLINEに返事をしていた。家族は付き添っていなかったので心配したのだろう。母や妹1、伯母達は体調の心配をしていたのだが、妹2からは簡単に調子を聞かれた後は推しの脱退と結婚に落ち込んでいる内容だった。むしろそっちの方が気が紛れたりするのでありがたかった。

 ちなみに、今回平均より結構長いコードの充電器を持って行ったのだが、これが非常に役に立った。

 深夜、一旦寝落ちから熱さで目が覚めてスマホを見るといつも表紙を描いてくれている友人から体調を心配するLINEが届いていた。届いてから「あ、寝てるよねごめん!」と、来たのだが、起きてるよ~と返事をして寝落ちしてはLINEを返しながら(あと数時間で機械は取れるはず……)と、指折り数えていた。

 朝7時頃。看護師さんが様子を見に来る(数時間ごとに来ていたが)腹部に聴診器を当てて「飲食大丈夫ですね!」と聞こえた瞬間頭の中にいる大勢の私が「やった!!!!」と、大喜びしている光景が見えた。

 機械も全部取り外されて、自分から繋がっているのは尿管とドレーンのみ。どんな感じで刺さっているのか興味はあったのだが、変に弄ってはいけないなと思ってあんまりまじまじと見る事はなかった。ドレーンには排液が溜まっていくのだが、初日は結構頻繁にカップに出していた。

 1日ぶりの食事に痛みに耐えながら身体を起こして、テンションが上がりながら完食。私は本当に食べるのが大好きなんだなあとしみじみ感じていた。

 

@arusa623
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