フィクションと生きていく

asahoshiro
·
公開:2026/6/1

幼い頃からフィクションという存在が身近にあった…というありきたりな冒頭から始まりますが、そんなありきたりなきっかけこそが、自分の今までの人生を構成してくれました。

「物語ってこんなに素晴らしいものだよ!」ということを、今の時代を生きる皆さんに知ってほしくて、このブログには自分語りも含めてつらつら書き残してみることにします。

① フィクションとの出会い

② 物語が教えてくれたこと

③ 忘れてしまった思い出

④ 何故記録をつけ始めたのか

⑤ 一次創作への罪悪感

⑥ 自分にとって大切な想い

⑦ 影響を受けたもの

と全部で七つの項目に分けていますので、もし気になった箇所があればお暇潰しにでも覗いてみてください。


① フィクションとの出会い

激しい電撃の走るような忘れられない出会いがあった…わけではなく。単純に家庭環境が私にとって恵まれていたからだと思います。

我が家は皆が揃いに揃ってライトなオタク。漫画もアニメも映画も大好きで、良い作品があれば即座に布教し合います。

姉の部屋には色んな漫画が並んでいたり、洋画好きな両親がテレビで流したり。そのおかげで、私は姉の部屋にこっそりと侵入しては漫画を読みましたし(主に種村有菜作品とDグレ)、映画に熱中するあの数時間というひとときの感動は宝物です。

その中でも特に、本はいっぱい読んできました。これは両親が「本はいくらあってもいい」と言ってたんまり買い与えてくれたり、図書館でどっさりと借りさせてくれたからです。なんてありがたいんだ。

メインカルチャーにも詳しく、加えてサブカルチャーにも寛容的な家族と暮らしてきたので、暇ができたら何か本を読んだり映像を見たり…が当たり前の生活でした。改めて振り返っても、驚くべき恵まれっぷり! これは何としてでも、執拗に親孝行をしなくては。

② 物語が教えてくれたこと

受動的に行動していた私も、自発的に行動するくらいに成長しました。

過去から変わらず臆病なインドアだったので、わざわざ一人で外出するだなんて大冒険は選びません。が、なんと、学校には図書館という楽園があります! 小学校の頃は足繁く通っていましたし、ちゃっかり図書委員もやっていました。大抵暇なので本を読んでいた気がする。紙芝居を見る側ではなくやる側に立ったのも良い経験でした。

中学生になっても変わらず物語と共にある日々が続きます。初めて自分のお金で漫画を買ったり(地獄先生ぬ〜べ〜かハッピーシュガーライフのどちらかだったはずです)、古き知人のおかげで本格的なオタクになったり。それまでもアニメなどは好きでしたが、単に物語として好きなだけだったので、オタクらしい楽しみ方を知ったのは知人が教えてくれたからですね。今は回帰してしまいましたが、若々しくエンジョイした時代です。

まぁそんな具合で、学生としてそれなりに勤しんでいました。ただ自我が確立してくる時期だったのもあり、この人生絶対に終わりだー!! と壁にぶち当たることも増えていきます。理不尽に叩きつけられることもありましたし、自らが引き起こした問題を悔やむのも勿論のこと。

人間として歩むうちに誰もが巡り会うような困難と初めて対峙して、中学生なりに生きるって難しすぎる〜と落ち込んだり、こんな世界に生まれてきちゃってミスっちゃいましたよ〜とかなりへこみました。他人に自分の悩みを相談することも避けたかったので、ますます一人で考え込むようになります。

でも、大丈夫! お分かりの通り、私にはフィクションという存在がいますね。

何もかもやってられんぞと投げ出したくなっては本を読み、数学でありえない点数を取って怒られては映像を見ました。恐らくこの辺りでシュテルンクロスも誕生しているので、一次創作にも魂を注ぎ始めます。

虚構と手を繋ぎ、身を寄せ合い、名前を呼び合って。そうしていくうちに、自分は「この世界はなんて美しいのだろう」と気づきます。ただ発見の仕方は若干ズレており、「私の愛するフィクションが存在しているのだから、そんなの当然じゃないの!?」と閉鎖的な視点からスタートしていますが、それが結果的には私という人間を組み立てる重要なパーツとなっていきました。

自分はまだ何もかも知らなかっただけ。未知なる宇宙の神秘や、人として生を受けた喜び、語り継ぐことの重みと祈り、そして次元を超えた無償の愛情。それらを教えてくれたのは、他でもないフィクションたちです。こんなにも宝物を授けてくれた彼らのことを、最愛と呼ばずにはいられませんでした。今でも、私の特等席は彼らだけのものです。あとは愛おしき真っ白毛玉(愛犬)もね。

③ 忘れてしまった思い出

フィクションのおかげで人生が最高になりました。世に溢れる作品たちをこの目で見るために、あらゆる手段を講じてスーパー長生きをするのだと決意します。

そしてあさほしろ高校生編。なんとここからが修羅の毎日の幕開け。

本っ当に、誇張抜きにして忙しかったんですね。クラスメイトが学畜だ…と嘆いていましたが、まさしくその通り。私が不器用なのだとしても、笑けるレベルで課題と勉強に追いかけ回されていました。笑えなかったのは周りの環境が悪くなっていったことで、じわじわ〜と余裕をなくしていきます。この時期はきっと、本も読んでいなければアニメも見ていません。MIU404というドラマに泣きまくった記憶だけあります(同級生は誰も見ておらず姉と肩を組むしかなかった)。

自分なりに努力して無事卒業しましたが、その後はかなり体調を崩してしまって、暫くは動くこともできない状態が長引きます。中学生のときに向き合うべきだった傷も相応しいケアを施さずに突っ走ってしまったので、これまでのツケが回ってきたのだと思います。ここから数年間はろくに読書もできず、映像を見ても集中力が持続せずにリタイア…というような生活を送っていました。

何より耐え難い悲しみが増したのは、過度なストレスによって今まで見てきた作品のことも上手く思い出せなくなったことです。このことにちゃんと気がついたのは最近ですが、当時は理由も分からずに、大切な存在が消えてしまった苦しみにめそめそと塞ぎ込みました。

唯一一次創作活動だけは取り組むことができたので、辛い気持ちを紛らわすかの如く創作ライフに縋りつきます。ただそのおかげでシュテクロ一章は完結できたので、身に降りかかる不幸は決して悪いことだけではなく、どんなこともなるべくしてなったのだと感じています。

少し薄暗い話が連続してしまいましたが、現在の私はもうすっかり元気です!

昨年からは活字を読めるところまで回復して、昔のように心から楽しんで読書もできていますし、ネトフリとアマプラをシャトルランしながらアニメやらドラマやら映画やらを見まくっています。

④ 何故記録をつけ始めたのか

2026年になってから、このしずかなインターネットに見たものの記録を残すようになりました。サブアカウントでも、ナイス! と叫びたくなる作品について呟いたりと、我ながら活発的に声を出すようになったかと思います。いきなりどうした、浮かれているのか、と引かれていたらすみません。わりとしっかりめな要因があります。

一つは③にも書いた通り、膨大なストレスに押し負けるとどこかの記憶を失ってしまう可能性が生じること。

別に細かく覚えている必要はなくて、こんな感情を味わったな〜とか、そんな断片を引き出しにしまっておくだけで十分なんです。些細な想いをそっと与えてくれるところも、物語の尊さが十分に象徴されています。

そんな小さな花弁を一枚一枚大事にしたいなぁと、私は切に願っています。ですが、その花びらごと失ってしまえば、もはや自分ではどうしようもありません。ならば、無くしものを防ぐよりも、無くしたあとでも思い出せるようにすればいいのかもしれない、と頭に浮かび上がりました。

いつ疲れるかだなんて予測がつかないし、もしものときに備えておくのが賢明かも。そう辿り着いてから実践してみたのが、記録をつけることでした。

はじめましてを告げる作品たちのことをこれからも覚えていられるし、過去に忘れてしまった作品たちと再会して、いつでも思い出せるようにと書き留めることもできる。シンプルだけど自分に最適な案だったので、思いついてからはすぐに開始しました。

去年までは、自分用にとちまちまノートに書いていただけだったのですが、これって色んな方に素敵な物語を布教できるチャンスなのでは!? とまたしても閃きます。私は身近な人の感想を拝見して「じゃあ見てみよう」と行動に移すことが非常に多いので、周りの方々にも同じようにふわっとした心地で作品に触れるきっかけになればいいな〜と思い、今年からサブ垢に記録を公開していました。

サブ垢のみで公開していたのは、本垢であまり騒がしくするとな…と勝手に懸念していたからなのですが、「いやいや、全力で布教したいなら、表立って活動している場所でやるべき!」ということにもやっと気づいたので、これからはこちらで目一杯に呟くつもりです。

⑤ 一次創作への罪悪感

本も読めて…映像も堪能できて…とハッピーで満ちた生活が戻ってきたのは大変喜ばしいことなのですが、近頃の果てしない悩みとして「作業以外の時間を一次創作に使わない」ことが己を自責思考へと追い込んでいました。

昔は一次創作をしない時間が少しでも挟まっただけで、ロミッツ(シュテルンクロス第一章に登場するサブキャラクター)と互角に渡り合えるくらいには短気な人柄に豹変したのに!? とすんごく焦りました。むしろ創作の時間を減らせるもんなら減らしたいとさえ思っています。

これは…一次創作者としてどうなのか…やはり私なんかにこの子たちを愛する権利なんて…と再びしょげまくりますが、家族に相談したところ

「長いこと体調崩してたのがようやく治ってきて、これまでできなかった読書とか色んなことができてるようになったんだから、そりゃ創作に使ってた時間を減らしたいって思うよ」

との答えが返ってきました。

あ〜……うん…うん!? な、なるほどね!?

熱が冷めてて…とか、愛情不足…とか、どうしようもない怠惰…などではなく、こういうことだったのか。すんなり合点がゆき、瞬時にネガティブも吹っ飛びました。あぁよかった。少々安堵することをお許しくださいね…

本当にその言葉のままで、私はただ無邪気に嬉しかったのだな〜と。私は元々、暇さえあれば物語を「見る」側として幸せを噛み締めていましたから。疲労していた期間は一次創作がいなければ何もなくなってしまう状況に耐えきれず、下手をすれば狂うかもしれず、異常なほどに執着していたことは恥ずかしくとも否めません。

ただ、そういう期間があったというだけであり、本来の私はそうではなかったことを思い出します。忘れてしまったことだらけで、ここまでくるともはや面白いですね。ですが気づけたことによって、ずっしりとした罪悪感を追い払えました。本当に自分の創作を愛している人は、きっと私のような生き方はしていないと思いますし、実際私はそのような方々と肩を並べることも烏滸がましい人間です。

けれども、自分が創作物に対して与える愛情を疑ってはいません。彼らが私を信じてくれていることを私は知っていますから、恐れずに胸を張って共に生きていかなきゃなぁと、少しでも積み上げてきた愛を恐れてしまった己の情けなさには反省です。

一次創作の作業をやるときは全力で挑むし、空いた時間は見る側として全力で楽しむ。これを気弱な心臓に刻んでゆくことにします。

⑥ 自分にとって大切な想い

記録をつけ始めた経緯については既に述べましたが、その中に含まれていた「布教したい」という願いは、分解すれば広大な祈りだったりします。

あらゆる部分から汲み取れるように、私はフィクションに全てを救われてきた人間です。この人生で感謝を伝えたいのは、間違いなく彼らという存在しない存在たち。私に愛と祝福をプレゼントしてくれた虚構にどんな恩返しができるのだろう。そう脳裏を巡らせたときに、私は「もっと色んな人に物語の素晴らしさを知ってほしい」と強く思いました。

様々な物語と出会うことによって、何か得られるものは必ずあります。そしてフィクションを通して「この世界の美しさ」も知ってほしい。これは私が創作を始めた決意のうちの一つでもあり、今でも色褪せぬ鮮やかな想いです(この祈りが最も反映されているのが初作のシュテルンクロスだったりします)。

布教をするのも、創作をするのも、自分が虚構に出来る限りの恩返しをしたいから…です。ちょっと言い方がこってりしすぎているかもしれない。でも愛情はストレートな表現の方がいいはず…ありのままにいこう…。

とはいっても、物語を選ぶ心持ちなんて、鳥の羽くらい軽いものでいいんです。尤も私なんて「好きだから」って安直な意思だけでフィクションとの出会いを求めています。インプットのため、学びのため、という姿勢から歩を進めることはあまりありませんし(それはそれでどうなのか)、本当、陽気なスキップをしながら彼らの元に駆けていくだけなんですよ。

なのでどうか全身の力をゆるりと抜いて、自分が出会いたい物語と出会いたいと、心の中でお願いしてみてください。その声を聞きつけて、物語から手を振ってくれるかもしれませんし、運命的な邂逅が未来で待っているかもしれません。無理に作品と隣り合う必要もありませんから、彼らに会いたくなったときに、穏やかな気分で会いにいってみてください。きっと喜んでくれます。私もとっても嬉しいです!

⑦ 影響を受けたもの

最後に今の私が覚えている限りの、大好きな作品をちょこっとだけ載せてみようと思います(アニメは漫画と混合する気がしたので抜きました)。

『幸福な王子』オスカー・ワイルド

言わずもがなですね。私の人生の核とも言える作品です!

幸福な王子は勿論のこと、次に続く『ナイチンゲールと薔薇』と『わがままな大男』もおすすめですよ。読み返すたびに泣いています(オタクの痛々しい冗談ではなく、大真面目な涙です)。あさほしろってどういうのが好きなの? と気になる方は、こちらをお読みいただければまるっと分かっちゃいます。

『二十億光年の孤独』谷川俊太郎

どのような物語や言葉であっても、私は共感を一切求めずに読んだりするのですが、谷川俊太郎の言っていることは全部「分かる」と頷くに尽きます。世界や自然への愛情の向け方が堪りません。

『D.Gray-man』星野 桂

姉が大好きで一緒にアニメを見ていました。こんな物語、どうやったら描けるんだ。キャラもストーリーも素晴らしい…。あらすじはよく見るやつかもしれませんが、内容はこれでもかというくらいに深く…。Dグレは魂のお話だなと思っています。大好きすぎる。どうか無事に完結しますように!

『虫と歌 市川春子作品集』市川春子

宝石の国も愛しているのですが、いや私といえばこっちかも…と感じたのでセレクト。市川春子のこと大好きだけど、多分何も分かっていない。分かりたいと願う以前に、市川春子はそこにいませんよ…(どうしたの!)。ヴァイオライトが胸に刺さって抜けない人生を送っています。

『コウノドリ』原作:鈴ノ木ユウ

ドラマはそこまで見返さない…のですが、こちらは何回見れば気が済むんだよ! と怒られてもおかしくないほど見ました。私は鴻鳥先生のような人間になりたいって、ずっと憧れて生きてきましたよ…。そして男性にこれといった興味の向かなかったこの私が初めて「幸せにしたい」と思った四宮という人間もいます。

『アンナチュラル』野木亜紀子

わざわざ載せなくてもみんな好きだし分かってくれる気がしたけど、これも十回以上は見直しているので出さなきゃおかしい。もう何も言わないから見てください。そんでもって一緒にLemonを聞きましょう。あと神倉さんのかっこよすぎるシーンも一緒に見よう! そうしよう!

『マトリックス』ウォシャウスキー姉妹

一番好きな映画は? と問われたら、迷いなくこちらを見せつけます! 内容もモチーフも結末も、何もかもが大好きです。やはり愛…としみじみさせてくれる。私はちゃっかり憧れてサングラスをかけてみたりしたかったんですけど、どう足掻いても「間抜けなドン」にしか見えないのでやめました。

『思い出のマーニー』米林宏昌

原作小説も大好きなんですけど、ぜひ映画版をおすすめさせてください。ジブリ映画はわりかしどれも好きなんですけど、マーニーが断トツなんですよ。見返して泣かなかったことがない。あたたかいお話ですのでどの方でも見やすいと思いますし、解釈の委ね方も優しくて素敵です。


長々しく書きました。凡そ言いたいことは書けたはずです。後に思い出したらこそっと追加します。ここまで読んでくださりありがとうございました。

冒頭で今の時代を生きる皆さんに知ってほしくて、と言いましたが、この想いが遥なる輝かしい未来へと繋がるように、大切に大切に抱きしめながら生きていこうと思っています。

存在しない彼らは、いつだって貴方のそばにいます。皆さんの未来に、自らの選んだ幸せがいっぱいに降り注ぎますように。

@asahoshiro
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