雪の研修生とえんぶりへの過度な期待

asanatto
·

東京の方で季節外れの温暖な気候、と報道された翌朝に大雪が降った。八戸にしては珍しく、一晩で30センチ積もる雪であった。地元八戸は、青森県とはいっても太平洋に面しているため、皆が想像するほど雪は積もらない。積もるとしてもせいぜい膝下ぐらいまでだ。なので八戸の小学生は冬場の体育はスキーではなくスケートをするし(雪は無いが氷はふんだんにあるので)、ちょうちょ結びはスケート靴の紐で覚える。

その日は朝から役所に出掛ける用事があったので、バスを利用することに決めていた。バスの時刻を確かめ、時計と睨めっこしながら準備をしていると、「今日は大雪だから明日に変更してもらったら」などと言う。役所の手続きにそれは通用しないのだが、凄い事を考えつくものだなと感心する。

膝まで積もった雪は早々と溶け始めており、雪を漕いで歩かねばならない道はそう多くなかった。大通りに面した多くの店舗が駐車場や店の前の歩道を雪掻きしており、私はそれを後目にびちゃびちゃ歩く。ワークマンの長靴はいくらぬかるみ道を歩いても浸水してこないが、ソールが薄すぎて長距離歩くと足の裏が痛くなってくる。それを見越して靴下を重ね履きしている。こちらに手抜かりは無い。

バスは定刻通り到着した。すごい、さすが雪国、関東じゃこうはいくまいと感嘆しながら乗り込んだ。関東は数年に一度あるかどうかの雪の備えをほぼしていないので、雪が数センチ降るとすべての交通が麻痺する。比較文化だ。

バスの車窓から眺める先にあるエステ&コスメティック販売所の前で、細身の若い女性が生足で雪掻きをしている。雪国の人間は遺伝的に脂肪を溜めこみやすく、若いころはともかく年を経るとむちむちになる運命にあるのだが、彼女はエステ店のスタッフだけあってすらりと細かった。おしゃれなエステのお姉さんも雪掻きからは逃れられないのだ。水分をたっぷり含んだ雪をママさんダンプ(雪掻き用の道具。雪国には必ず一家に一台備わっている)で除いている背中に、心の中でエールを送った。

無事に用事が終わったあと、そこから家に戻るには、さらにバスを乗り継ぐ必要があった。バス停の脇に立って待つ。雪はどんどん溶けだしており、道にはそこかしこに大きな水たまり。通り過ぎる車は歩行者に水を跳ねないよう、用心深くスピードを落としてくれる。地元を離れていた19年のあいだにずいぶんドライバーのマナーが向上したなと思うのはこういう所だ。横断歩道を渡り終えるのをほとんどの車が待っていてくれる。某A県N市では、市営バスが横断歩道を渡っている最中の我々にじりじりと鼻づらを寄せてきて「バスの運転手がこんな運転するのか」と唖然としたものだったが(これも比較文化)。

風は多少あったし、断続的に雪が降っていたが、空はずっと晴れ渡っていた。もうこんなに雪降らせたんだし今冬は満足ですわ!とでも言いたげな憎めない青空だった。バスに乗り込んできたおばちゃんが、乗客のなかに知り合いを見つけたらしく彼女の隣に座りながら、「暖かいまんまじゃ終われなかったねえ!」と開口一番言った。暖冬だと言うものの、たまに気まぐれで30センチの積雪がある。地元の気候の厄介さをおおらかに認めるようなその言葉が、いいなと思った。

春になるまでにあと何回雪が積もるか、戦々恐々としている。なぜなら次回から家の雪掻きをする約束をしてしまったので。実は、箱入り娘なので雪掻きらしい雪掻きをしたことがないのだった。次の大雪が怖いような憂鬱なような、それでいて少し楽しみなような気持でいる。

今日から春を告げる踊り、えんぶりが始まった。私がこのまま人生初雪掻きから逃げ切れるかどうかは、彼らの春を呼び込む呪力にかかっていると言っても過言ではない。頼むぞ、えんぶり衆。

※えんぶりって何ぞ?という方のためにNHKニュースのリンクを貼っておきます。踊り手のえぼしがお馬さんを象っているらしい。期間中に見に行きたいけどどうかな。

春の訪れ告げる 豊作願う伝統芸能「八戸えんぶり」始まる |NHK 青森県のニュース