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「普通ってなんですか?」
「え?」
急に振られたので面食らった。
「いや、よく気にされてるから」
「……えっと……」
酔って帰った勢いで床に頭をぶつけてしまい、しばらく動かないようにと言われて床に座っている。
付き合いのいい夫も横に座る。
醜態を晒してしまった恥ずかしさを、足を撫でることで誤魔化す。
鼓膜の奥でどくどくと音が反響している。
その音がうるさくて頭がうまく回らない。
普通。
改めて言われるとなんだろう。
周囲に溶け込むこと?
誰にも疑われないこと?
そうだけれど、違う気もする。
そもそも「普通」になりたかったのは、弟に心配をかけたくなかったからだ。
結婚もした。
優しい夫と娘ができた。
これ以上無いくらいに「そう」なったはずなのに。
けれど……、それでもやっぱり。
「……じが……」
「ん?」
「同じが良かったんです」
みんなと。
「――例えば?」
「ぐ、愚痴とか」
他愛ない文句とか。
ふと香る愛しさとか。
そういうのを誰かと――。
「夫の悪口を言い合ったり?」
夫がくすりと笑う。
「えぇ⁉ち、違います!……て、あたた……」
「ああ、急に動かすから。瘤になってませんか?ちょっと見せて」
「うう……」
がんがんと音がする頭を抑えると、上からそっと指が触れた。
その指先が優しくて、思ったよりも熱くて頭より先に心臓が高く鳴った。
「――やってみます?」
「え?」
「ヨルさんの思う普通ってやつ。手伝いますよ――ああ、やっぱり瘤になってる」
「ど、どうやって?」
出来なくて長年モヤモヤしているのに。
「普通って、つまり『普段通り』ってことだから」
「普段通り……」
おはようと言ったり、おかえりと声をかけたり?
「瘤が出来たら手当をしたりね」
そんな当たり前のことが?
考え事をしていると、チュッと瘤が出来た辺りから聞きなれない音がした。
降り仰ぐと、青灰色の瞳が「手当ですよ」と言って細めた。
「――これも、普通ですか?」
「さてね」
そういって、夫は普段通り優しく笑った。