普通の尺度

芦花
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公開:2024/5/26

「普通ってなんですか?」

「え?」

急に振られたので面食らった。

「いや、よく気にされてるから」

「……えっと……」

酔って帰った勢いで床に頭をぶつけてしまい、しばらく動かないようにと言われて床に座っている。

付き合いのいい夫も横に座る。

醜態を晒してしまった恥ずかしさを、足を撫でることで誤魔化す。

鼓膜の奥でどくどくと音が反響している。

その音がうるさくて頭がうまく回らない。

普通。

改めて言われるとなんだろう。

周囲に溶け込むこと?

誰にも疑われないこと?

そうだけれど、違う気もする。

そもそも「普通」になりたかったのは、弟に心配をかけたくなかったからだ。

結婚もした。

優しい夫と娘ができた。

これ以上無いくらいに「そう」なったはずなのに。

けれど……、それでもやっぱり。

「……じが……」

「ん?」

「同じが良かったんです」

みんなと。

「――例えば?」

「ぐ、愚痴とか」

他愛ない文句とか。

ふと香る愛しさとか。

そういうのを誰かと――。

「夫の悪口を言い合ったり?」

夫がくすりと笑う。

「えぇ⁉ち、違います!……て、あたた……」

「ああ、急に動かすから。瘤になってませんか?ちょっと見せて」

「うう……」

がんがんと音がする頭を抑えると、上からそっと指が触れた。

その指先が優しくて、思ったよりも熱くて頭より先に心臓が高く鳴った。

「――やってみます?」

「え?」

「ヨルさんの思う普通ってやつ。手伝いますよ――ああ、やっぱり瘤になってる」

「ど、どうやって?」

出来なくて長年モヤモヤしているのに。

「普通って、つまり『普段通り』ってことだから」

「普段通り……」

おはようと言ったり、おかえりと声をかけたり?

「瘤が出来たら手当をしたりね」

そんな当たり前のことが?

考え事をしていると、チュッと瘤が出来た辺りから聞きなれない音がした。

降り仰ぐと、青灰色の瞳が「手当ですよ」と言って細めた。

「――これも、普通ですか?」

「さてね」

そういって、夫は普段通り優しく笑った。

@ashika
二次創作をしています。 [個人サイト]clayincl.fun