趣味に対して「〜沼」という言葉が使われるようになったのは、私が観測する限りではここ10年ほどのことではないかと思う。
約10年ほど前の私は、生意気な道楽として万年筆に傾倒していて筆記具に(当時10代だった私としては)相当の金額を費やした。そこで初めて「インク沼」という言葉を聞いて「なるほど、インクだから沼なのか」と感心している間に一気に広まった(ような気がする)
勿論、正確な発祥がどこなのかとか、そもそも「沼」という言葉の是非だとかについて探究する気もないが、一個人特に私の感覚としてはこんなところだ。
しかし、そのように筆記具と謎の贅沢に凝っていた時期も就職と同時に終わった。理由は実に単純である。仕事の殆どはPC作業で万年筆の出番はなかったのだ。
更に言えば万年筆自体、本来小説を書くのに使っていた(そう、何を隠そう少し前まで手書きで原稿を書いていた!)のだが、就職すると同時に小説を書くこともなくなった。肌が合わなくて早々に会社を逃げ出そうとも、戻ることはなかった。ここ2年ほどで懲りずにまた三文にも満たない小話を書き始めたが、もっぱらPCやらスマートフォンで「入力」している。そうして万年筆を使わなくなって早5年ほどが過ぎた。
筆記具に傾倒していた時期は馴染みの販売員の方がいた。しかしこの数年ほどでその販売員の方も売り場を離れてしまったし、売り場自体も撤退してしまった。好事家趣味などそんなものだ。既に趣味から離れてしまっていた私が今更何か言えることは、ない。
特別仕様の万年筆を次々に取り出してくる販売員の方の話術が巧みで楽しかった。万年筆を買った後で飲む資生堂パーラーのクリームソーダも美味しかった。ペンドクターがペン先を研ぐ様子を見るのが好きだったし、その合間に「昔こんなお客がいてね」という昔話を聞くのも心地よかった。
今思えば、10代のうら若き少女にしてはかなり背伸びをした趣味だっただろう。しかし、好事家とは、趣味とは、収集とは。あるいは収集について回る「めぐり合わせ」とは何たるかをあの年にして垣間見ることが出来たのは大きく、以降の人生へ着実に影響を与えているとひしひし感じる。虚勢を張るような消費や無茶な趣味に身を窶さずにいられるのはこの経験が大きいだろう。
さて話は変わるが、この時期に馴染みだった販売員の方の話で今でも忘れられない一幕がある。確か十二月の、ここぞと大一番の万年筆を手に入れた日の帰り際のことだった。店自体も閉店間際で殆ど空っぽの店先だったはずだ。
「この世界は繋がっているのですよ。インクに興味を持たれた方はいずれ万年筆に興味を持つでしょう。次は紙です。そのように趣味の世界は繋がっているのですよ――万年筆の場合は他に時計にカメラ、食器。男性であれば革靴やスーツも危ないですね。オーディオなんてのもおっとっとと……という具合でしょうか。こうやって奥底の方で沼同士は繋がっているのです」
若いというよりはまだ幼いに片足をとられていた時分の私は彼なりのジョークなのだと思って「この趣味も大変ですねえ」なんて笑った。それが面白かったのか、含蓄があると思ったのか。はたまた両方だったのか、当時の私がどう思って今日までこの記憶を温めていたのかは正直なところ思い出せない。
しかし、最近の私は料理もしないくせ洋食器を買い溜め、万年筆と同等に値が張るイヤホンに手を染めては「いつかは20万円のイヤホンが欲しい……2本」などと抜かしている。そういう辺り、まさにその通りになったと言えるだろう。
彼のその言葉が予言だったのか警告だったのか、はたまた「ご案内」だったのかはわからない。しかし、好事家の世界とは斯くして狭く面白いものだとほくそ笑みながらイヤホンのイヤーピースに5000円溶かした。
おわり