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父さん、あの写真どうなったでせうね

辺岡(あたおか)
·
公開:2026/9/9

ええ、あなたが撮る過程(みち)で、同級生を谷底へ落としたあの写真ですよ。

※そんなに苛烈じゃない性や被害の話が一瞬出てきますので苦手な方はお読みにならないように。

女性がいつもシスターフッドでつよく結ばれていて、ぽっと出の男に掻っ攫われた時にものすごく嫉妬したり、何かあったら助けてくれる親友がいる、ということを長年理解していなかった。

今も『作品の中にはあるけど、現実にもあるの?迷惑じゃない形で存在するの?』と信じていないんだけど、

私が子供の頃は少年の格好をして、重い荷物を持ちら男の子っぽく振舞っていたから女の子の輪には入れず、男の子の役目だけを引き受けていたけど 男の子からはそれなりに手加減もされるし、第二次性徴なんて見た目にはわからなくても中学に入ったら制服はスカートだし、 そのあとどんなに連続して変な男に引っかかっても誰も助けてくれなかったし、女って上辺の共感だけで本当の理解をされたことが一度もないじゃん。

男には期待してないし、鋭いことを言われることもある(たとえその場しのぎのそれっぽいことでも、私に『刺さろうとしている』ということはわかる)という絶望が女性にだけあるからかもしれない。

ただこれを生のまま感情として出すと、モテない男が「ありのままの恋愛とか嘘だろ。※ただしイケメンに限る ってやつだろ。」と矮小化するのと大差ないから、伝わり方が難しいなとは思う。

大人になってから出会ったスカートの私しか知らない人達の中では、いわゆる女の子の扱いしか受けなかったから、フェミニズム的問題も見えてきて関心もある。

でも生まれてからずっと女性として女性以外に搾取されてきたわけじゃない。女の子たちから見て女性じゃなかったから、女の子として守ってもらった経験がないだけ。

そうして、「女の子だったら楽に生きられるらしい、ちやほやしてもらえるらしい」と、可愛さを売り、愛嬌を売り、売れるものはなんでも売って、わたしのすべてを切り売りして、なのにきっと私の魂が天に召されるころには、『この世でもっとも尊いもの』には選ばれるまい。

自分が知らない種類の親密さを、作品では何度も見る。しかし自分の人生には一度も現れなかった。だから、それが現実に存在するのか確信できない。

私にも、そんなふうに怒ってくれる親友がいればよかった。 私にも、そんなふうに愛せる親友がいればよかった。

実際にはどれほどの恩恵を受けていたかは知覚していなくて、すくなくとも自分は恩恵がなかった主観だ、という感じなのかも?

……ただ、子供の頃に男の子の輪の中でアザを作る殴り合い(じゃれ合い。喧嘩ではない)をして、体に、鼠径部にアザができたのを、 芸術家の父が壁際に立たせて全裸の写真を撮られたことはずっと覚えている。

当時は撮られたことそのものより、その当時はその痣を「女の子だから」おおごとにされて、学校に提出されて、相手の子が叱られたらどうしよう……という不安が一番こわかった。

あれが被害だったと言い切るほどの体験なのかはわからない。

すくなくとも、学校に提出されることはなかったようだ。

強烈な違和感があるから覚えているわけで、それだからこそ「搾取されること」と「主観のイヤさ/主観的には被害でないこと」の別離を知っているのかもしれない。

そうなんだよ。父は自称芸術家なんだ。

定職につかず(いや、雇用されていたことが10年あるだろうか)でずっと写真を撮って暮らしていた。そして、一眼レフで撮られた。だから『芸術家だから許されるのか?』も『芸術家という肩書きが嘘では?』も『そもそもこれは証拠写真であって、芸術ではない』も『なんで脱ぐ必要が…』も、全部ある。

それにもっといえば、芸術目的でも嫌なものは嫌だったし、嫌なら保健室や医者で診断書を書いてもらえばよかった。 どのルートからも外れているし、善意だから許されることじゃないんだ。

父は何枚か写真を撮ると、「曇っているから露光が悪い」といって、カメラをしまった。

私がどのような格好だったかを見たのは、ファインダーを覗いていた父だけだ。そのネガにおさまったあと、現像されたのか、どうなったかは知らない。

なのに、ここまでの話でわたしを明確に、クラスメイトから「守ろうと」したのは、この父の行動だけなのである。

SNSでは「死んだ」と言っているが、本当は生きていて、本当に死んだのは私たちのほうだ。

いいや、母だってわたしを守ろうとした。

母と私はあるとき、父の前からまったく姿を消した。

偽名にし、住民票をうつさずに失踪し、父にとっての私たちは“死んだ”。

父はいまもさびついたSNSにいて、年齢の割にイケメンですねみたいなことを言われてちやほやされている。海外の名誉なんとかにもなった。誰も、容姿の整った、高級なスポーツカーを乗り回す有閑の彼の実態を知らない。

私がもう成人してからこの話をしたとき、母はこの写真の、いや、学校に届け出ようという話を知らなかった。それで、実際には届け出られていなかったことがわかった。

私はあの撮影で、なにを守られたんだろう。

だから、逆にいえば、私のこの幼少期の体験は(わたしを構成する一要素でしかない。

天才や芸術家が苛烈な幼少期を送ったというのは、天才や芸術家や殺人鬼だからフォーカスされるだけで、私は普通に働いて結婚して子供が3人いる。だれもそうは思わないし、私がもし事件を起こしたら「これのせいだ」と掘り起こされるのかもしれない。

隣人も同じような、あるいはもっと凄惨な過去があるかもしれない。だから「みんな普通にしていて、私だけがつらい」とは思うまいよ。私だってふつうなのだ。

何年かまえに随分絵が上手くて神と崇められる人から何かのきっかけで嫌われた時、「あなたは健康で幸せそうでいいが、私は何十年来のうつである」と吐露されたことがある。

それはおつらかったでしょう。

私も、このような醜い澱を抱えて、なるべく記憶を摇すらないようにしはじめてからたった18年ほどなのです。それでもこうして曇天の日には、時々沈殿していたものがふわんと浮かび上がってきて、揺れるカーテンを眺めながら、出社もできず、嗚咽さえなく、ただ涙がこめかみに流れていく感覚と、さかさまの風景を覗いて、ふたたび澱の沈んでいくのをじっと待っている。

そうして『つらかったね』と声をかけてくれる優しい人を、「何が?あなたは守ってくれなかったのに。」と、偽の共感を軽蔑しながら笑って追い返すのです。

アンドリュー・ワイエス 『海からの風』

@ataoka
XとBlueskyにいます。漫画が不調になると小説を書いたり、料理をしたり、いい感じにるまでフラフラしています。