2026/03/22――就活日記?12

atoraku
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公開:2026/3/23

歩いているときがいちばん日記している。外で作業してほどよく思考が回っている帰路に考えていることをそのまま出力できたら毎回日記が書ける。トニ・モリスン『レシタティフ』を読んだ。帰宅すると頭にぶあつい霧がかかるみたいでなんにも考えられない。明日はちゃんと図書館に行く。

Blueskyより転記。

数日前横浜美術館「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」に行き、高嶺格《Baby Insa-dong》を面白くみた、妹もいちばん印象に残ったらしかったのだけど、しばしば思い返して反芻する 日本人として、あるいは在日2世として歴史との距離を模索しつつ、それらを象徴したり代表したりしはしない個であることの意味をつかもうとする語りが心に残る一方、作品の言葉でいえば個への「変態」化(=クィア化)という、作品の核となるメッセージは、結婚式に招かれたドラァグクイーンのナジャの踊りから引き出されていて、それが結婚式という異性愛的な儀式を攪乱するものであることは明白だとしても、日韓どちらの文化とも異なったものへ生成するための〈第三項〉的な媒質として召喚されてはいないか、ドラァグの生の経験には触れないまま「何か別なもの」としてその形象を利用してはいないかという疑問も抱く ナジャ・グランディーバさんの由来とは異なるものの、ブルトンの『ナジャ』を想起するならその名は「不思議なもの」の色合いも帯びるかもしれない ナジャがナジャに「なる」ことの固有性や被っているであろう障壁を語ることなしに、エキゾチックで理想的な変容のイメージを担わされてはいないか、というところが気になる それが結婚式という舞台で起きているなら尚更

転記おわり。『レシタティフ』をひらいたら、昼にそこで読んでいた喫茶店のにおいがした。チャイがほんとに美味い。

いいこともあったし短篇はとても優れていたと思う。風邪もだいぶよくなって、ほぼ本調子と言っていいと思う。原稿のことも、帰り道にはいろいろ考えることができたはずなのに、気を抜くとすぐに気分が落ちてしまうし、深い考えやイメージに降りていけない。やらなきゃいけないことばかりなのにできていない。