2024/03/24とその周辺

atoraku
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『ボヴァリー夫人』読書会のために部屋にこもってひたすらそれを晩まで読み続けた日(それが読書会の当日の21日のこと)の経験が、家であまり本を読めないというわたしの偏った感覚回路を強引に突き破ってくれたおかげで、なんとかできんじゃん、今日もやってみよう、と思えるようになった。今日は臼杵陽『世界史の中のパレスチナ問題』の第一部を読み、蓮實重彦『『ボヴァリー夫人』論』をマジでちょっとだけ(序文と、第一章の途中まで)読み、夜は二時間くらい変に寝てしまったのだがその後は滝口悠生の小説をちょっと読んだ。それと食事以外にはとくになにもしていない。ずっと家にいた。家から出ないで本読むかー、という選択をしたのは、もちろん一日中本を読んでいたかったからだけれど、給料日前日で全然お金がなかったからでもある。大きな旅行を一切していないというのにここまでお金の減りが早いのは不思議で、というかひとつひとつの出費を検めて不思議を解明したくないので不思議だというにとどめているのだが、それだけたくさんの人に会い、比較的頻繁に映画を観、イベントに行くことができたのだから、総じてしあわせな春休みだったと昨日(23日)の晩に思った。昨日は三鷹SCOOLでの柴崎友香×滝口悠生トークイベントに行ったあと高校の友人と横浜で夜ご飯を食べ、カラオケに行った。大移動。交通費は、一回あたりでいえば高いのか安いのかわからない微妙な出費だが、繰り返すことで確実にわたしの財布を瘦せさせていくし、物や体験と引き換えているわけではないのでどこに消えていくのかあんまりよくわからない。あとスイカに入ってると使っちゃうんだよな…使ってもノーダメージみたいな錯覚をしている。チャージの魔力。むかしメモの魔力というタイトルの自己啓発本が流行った。ただ、通学であれ通勤であれ定期を買っている人と一回一回電車賃を払っている人とのあいだには感覚の違いがあるかもしれず、やはり、定期を買う数か月に一度の機会や、それによって決まった圏内を無料で通行できる日々そのものを、わたしはもっと重くとらえるべきなのかもしれない。移動にはお金がかかるもの。そう思いながら毎月の予算繰りを考えねばならず……来月は今月よりも上手にお金と付き合っていけたらいい。眠い、今日は一日あんまり頭も働かなかった。