2024/04/03――レジ打ちのプロ意識

atoraku
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公開:2024/4/4

バイトの日。バイトの前は本を読んでた。植本一子『愛は時間がかかる』、濱口竜介『カメラの前で演じること』。収穫多し。だが眠いから明日にでも書こうかなあ。

久しぶりに入ったからか、それとも特に理由はなかったのかいまいちよくわからないのだけど、今日のバイトははじめからすごく調子が良かった。声のトーンもだいたいちょうどいいところに収まるし、やりすぎていたらちゃんと冷静になれるし、お客さんに合わせた目線だったり動きだったりにも集中できている感じがした。もちろん最良の状態はそう長くは続かないのだけど、いつもなら不満や疲れが意識の上のほうにあがってくる後半も、さほどパフォーマンスが落ちなかった。バイト中のわたしは、「いらっしゃいませ」や「お待たせいたしました」などの文言をきちんと心地よく響かせられているかどうかを無意識にけっこう気にしていて、だから喉が痛いときや鼻が詰まっているときなどはストレスがすごい。自分の声が好きなわけでも発声がとくべつ良いわけでもないけど、そのなかでも人様に聞かせうる声、というか。今日はかなり終盤まで自分で満足できる接客ができたように思う。そう書くとすこしナルシシスティックな感じがするけれど、最良のパフォーマンスを提供するためには自信と適度な緊張が不可欠なのだ。5時間半くらい働くわけだからちょっとずつ手は抜くけれど、そんなときでも自分がダメだと思う接客をしてはならないのだ、と、仕事について熱く語る窓目くんがのりうつったみたいに書いてしまう。

でも、ひとつ思いだしたことがあって、今日わたしは英語対応がまったくできなかった。壁の前で諦めてしまったような感覚が残っている。カードの支払方法、つまり一括払いかどうかを訊こうとして指を出したのだが、うまく伝わらない。「一括払い」という単語も全然でてこないし、なんとか周辺の単語を迂回したり身振り手振りなどを使ったりしながら伝えようとしたものの、結局ごちゃっとなってしまって、大概一括で払うからいいのだろうか…と思いつつそうしてしまった。いやでも、あれはよくなかったなあ…何回払いかどうか気にするお客さんは多くないものの、気にする人は気にするし、旅行の場合は勝手が違うかもしれないし、一括で払う文化は全然ユニバーサルではないかもしれない。なにより確認なしに決済方法を決めた事実それ自体がやばい。結果として大丈夫そうだったからよかったものの…もっと自分が言いそうな単語は覚えておくべきだったと思う。全額支払う、は、"pay in full"。もしくは"one-time payment"や"single payment"。英語を見てしまえば簡単だと思うのに、いざとなると出てこない。

でも、一回払いを意味する「1」の指さしが伝わらなかった理由はほかにもあるのかも、と調べたところ、上記のサイトに「海外ご利用分については、原則1回払いとなります。国内とは異なり、海外ではカード決済時にお支払い方法を選択することができないためです。」と書いてあった。衝撃。つまりクレジットカードに関しては、支払方法を選ぶ文化それ自体がなかったらしい。そりゃ伝わらないわ! 英語ができないのか、世間を知らないのか。いや両方か。わたしはまだまだ子どもだ。

鍵のかかった棚からお客さんの欲しい化粧品を取る。こっちのスキンプロテクトベースは、新品ってことですよね、とお客さんが言い、棚を指さす。指さした先を見るとNew!という小さいポップが貼ってあって、そうですね、とさも知ったかのように返す。プリマヴィスタ。CMで名前を聞いたことがあるくらいだ。New!のポップもそのときはじめて気づいた。自分の働いている店のことを、自分はあんまり知らない。

ドラッグストアに勤めてもう三年になろうとしているのに、一部の商品を除いていっこうに詳しくならない。解熱鎮痛剤とステロイド入りの軟膏は、よくお世話になっているので多少わかる、という程度。なにかのプロになるということは、些細な問い合わせに十分な回答ができるということなのだろう。些細だからこそ、微に入り細を穿つような学習の時間とその成果が求められるし、聞く方としても切実だから細かいことを聞くのだ。

今日の化粧品の質問はそこまで踏み込んだ質問ではないし、店員たる者、そのくらいの新商品の情報はチェックしておくべきなのかもしれない。今日のわたしの頭のなかで「新商品だぜ!入荷だぜ!」と轟いていたのは、そもそも大々的に宣伝されまくっていたキリンビール「晴れ風」くらいで、しかもこれは店員としてではなく個人の趣味だ。アルバイトだから許してほしい。詳しい者ならすぐに呼びます。

自分の必要性と領分にしたがって見切りをつけなければいけない。登録販売者の方のように市販薬について詳しく知っている人に憧れる。一画を占める化粧品について、それぞれの使用感や売れ筋を的確につかみ、伝えられる人にも憧れる。勤めはじめてもうすぐ3年になるお店のなかは、相変わらずわたしの知らないものでいっぱいだ。

前述のとおり今日は接客の調子がよかったのだが、うまくリズムが合わない人も、またわたしの接客がどうしても苦手だという人もたぶん少なからずいる。

それとは別にまったく理不尽な客、というのも一定数いる。今日、バイトに行く前にYouTubeをぼんやり見ていたら、わたしにとってはとても面白く不快になる要素も一切ない動画に、マイナスコメントがついていた。Mリーグ名場面集、みたいなやつ。「下手でしょ」「取り上げる価値ないだろ」「これリーチって、ふつうにヌルくね?」みたいな。数はとても少ないが、どんな素晴らしい動画にも残念ながらひとつはある。単なる難癖のように見えるそれを書いたひとは、ほんとうにとても麻雀が上手いのかもしれないからなんとも言えないのだが、麻雀プロであれ、レジを打つ店員であれ、毎日その場に立ち続けて必要な動きを身体に染みつかせ、改良を図り、目の前のお客さんや配牌に向き合いながらなるべく最善を目指して一回一回の本番をこなす時間がある。そうした時間を経てあなたの前に立っている、わたしたちはつねにそうした時間の途中にいる。だから店員は神じゃないしあなたの思うことはすべてはわからないけど(同卓者の手牌やツモ山を透視することはできないけど)、出来る限り気持ちよく買い物してもらえるように頑張るから、あなたも協力してください。下手だと思うなら、下手だ!って喚くだけじゃなくてこうしてほしいと伝えてみてください、どうにかしますから。それに、あなたの知っている接客の「定跡」は、そんなに絶対的なものじゃないですよ、なぜ「ふつうレジ袋つける」のか、なぜ「なにも言わねえんだからSuica」なのか、あんまりわからない人も多いと思います。

悪ふざけが過ぎた。どんなに気をつけていても接客で理不尽な客を避けることは難しいし、どんなにいい動画でもアンチコメントを避けることはできない、と気づいたとき、似ているな、と思ったというだけです。