*自分の家の本棚をゆるく紹介する企画です。
25冊目「白の闇」ジョゼ・サラマーゴ、雨沢泰訳、河出文庫
ジョゼ・サラマーゴはポルトガルの作家。視力を失うという奇病が伝染病のように人々を襲い未曾有の大混乱を引き起こす、そんな壮大な思考実験のような小説。混乱の中で人間性はいとも簡単にはぎとられていき、獣のような本性をこれでもかと暴き立ててゆく。吐き気を催すような惨状の描写もあるが、決して奪い去られることのない人間の尊厳描かれる。いや、決して奪われることのないものがあるはずだ、という希望というべきか。しかし考えてみると、この小説に書かれていることは、目が見えているわれわれ人間どもが今まさに世界中で営んでいることでもある(そう、目が見えているのに)。善意と優しさを喪った瞬間、私たちはもう目が見えなくなっていることと同じだな、と今の世界のことを見ていると思う。
26冊目「三十歳」インゲボルク・バッハマン、松永美穂訳、岩波文庫
バッハマンは、オーストリアの女性小説家で、パウル・ツェランやベルンハルトと同時代人である。短編集。表題作は30代になろうとせん若者の機微な心の揺れを描いたもの。誕生日とはカレンダー上のイベントでしかなく、書類上の数字が加算されるのみで、昨日と今日の私の間には何らかの差もないはずであるが、しかし何かを「飛び越えた」ような感覚になり、昨日までの自分を別の何者かのように感じ始める__そんな感覚を描いたもの。残念ながら私は30歳の誕生日を少し過ぎてから読んだので、少し機を失したが、それでも誕生日が近づくと読み直したくなる。なお岩波文庫はすでに絶版で、非常に手に入りにくい一冊。私は池袋のブックオフで奇跡的に発見した。
27冊目「凍」トーマス・ベルンハルト、池田信雄訳、河出書房新書
読み方は「いて」です。古い訳では「氷」というタイトルだったそうだ。原題は「frost」。日記形式で、研修医である主人公が寒村で出会ったある男性との交流を記録したものだが、記録というよりも観察日記という方がより正確だろう。しかも観察者の方が、観察対象から影響を徐々に受け始めるという点で、つまり読者にも影響を与え始める。ベルンハルトの小説がひたすら冗長で、堂々巡りを繰り返し、矛盾に満ちていて、また偏執的で抑鬱に溢れているのだが、それがまた魅力なのである。ベルンハルトを読んだことがない方には、「石灰工場」が短くてとっつきやすのでそちらをお勧めします。