2026/8/14(土)朝食後、Sが散髪へ行ったので、私は図書館へいった。1時間程度でさらりと読めそうな本として、近年の芥川賞受賞作を選んでみる。高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」。タイトルの和やかさを裏切る複雑さがあり、さらりと読めるが面白かった。今の時代の「優しい」とか、「助け合い」とは何なんだろうな、と思う。続けて畠山丑雄「叫び」を続けて読み始めるも、半分ほど我慢して読んだところで退屈してやめた。すでに1冊読んで疲れてもいるし、色々詰め込みすぎでついていけない。「おいしいごはんが食べられますように」を読んでいたらケーキが食べたくなったので、近所にあるケーキ店へ歩いていき、少し遅れたバースデーケーキ。美味しかったけれど、ケーキはもう1ピースで十分である。だんだんクリームがつらくなってくる。半分以上Sに食べてもらった。

午後、酸ヶ湯温泉郷へ行く。八甲田山登山口の近くにあり、最近の熊出没の影響があってか、登山シーズン中にもかかわらずそれほど混んでいない。近傍の谷地温泉には何度か行ったが、この酸ヶ湯温泉ははじめて。混浴の千人風呂(千人が入れるほど大きいという意味である)が有名。女性は湯あみを着用することができるし、一応男女で区画分けはされているので、せっかく来たから一度見てみたいと思ったのだが、女性区画入口の衝立から出た瞬間、男性の視線がわっと集まるを感じ、気色が悪くてすぐに出て、女性専用風呂の方へ行ってくつろいだ。混浴自体は初めてではないが、これほどたくさんの人数がいる混浴は初めてだった。千人風呂は、朝の早い時間にだけ女性専用の時間帯が設けられているが、その理由がわかったような気がする。Sに聞くと、男性専用風呂が小さくて混雑していたので、千人風呂の方に多くの男性がいたらしい。
夜、火鍋をつつきながら、甲子園の試合を見ていた。9回裏の逆転チャンスは観客にとってはこれ以上にないエンターテインメントだろうが、窮地に立たされている防御側ピッチャーの心境を考えるといたたまれない。
2026/8/16(日)日の出前に起きて、近所の海岸へ朝日を見に行った。海辺に住んでいる人にすれば、朝日は見慣れた光景なのだろうが、生まれも育ちもコンクリートの砂漠であるものにはそうではない。盆休み中、曇りの日が続いていたが、最後の日になって晴れる。水平線から太陽が顔を出すのを見届け、帰って二度寝した。

新幹線まで時間があるので、八戸にある小さな水族館へ行く。景地の蕪島の近くの高台にあり、大変景色がよい。蕪島の全景はもちろん、海水浴をしている人、ヨットをしている人、カヌーをしている人、自由気ままに飛行するウミネコなどを一望に収めることができる。盆休みで、かつ夏休みの期間であるので、多くは子供連れの家族だった。展示は手作り感が満載で、こういうところが地方の小さな水族館の面白いところ。ハイギョなどの珍しい魚も見る。大水槽(と呼称されているものの、この水族館では一番大きいという意味)ではウミガメが泳いでいた。


晴天、蕪島、奥に八戸の市街。

午後の新幹線で東京へ帰った。帰りの新幹線の中で、「深夜航路」を読む。深夜に出航するフェリーによる船旅記録で、旅情があって素晴らしい。「船に乗る」こと自体が目的の旅で、下船してそのまま土地を訪ねることなく飛行機または新幹線でとんぼ返りという旅程も珍しくなく、そんな旅行の仕方をする著者へ不思議な親近感を覚える。夕方、東京は暑い。図書館ののち、スーパーへ食材を買い物に行き、来週分の作り置きを作る。メインは麻婆茄子、豆腐と根菜の煮物なども作る。
2026/8/17(月)盆休み明けの出勤。上司はまだ休み中なので、気持ちが楽だ。長く休んだ後いつも不思議に思うことだが、休み中は仕事のことは一切思い出さないのに、自分のデスクに座るとすぐに頭の中のしかるべき引き出しが開き、何事もなく仕事を再開できる。資料作りや今後の仕事の検討などを引き続きする。残業なし。通勤電車で、後藤明生「首塚の上のアドバルーン」を読む。かなり変わった実験的な小説だ。マンションの14階の部屋に引っ越した語り手(著者?)が、ベランダから小さな丘を見つけ、そこに首塚を発見する。単純なつくりの小説であれば、そこから首塚の正体を探してミステリーなり探索なりが始まるのだが、そういうことはない。ひたすら話は脱線に次ぐ脱線を繰り返し、特に収束することもなく終わる。身辺雑事のエッセイのような体でもあり、なんとなく著者の実体験のような感じもするのだが、これ自体も創作なのかもしれない。
帰宅後、ジムへ行って筋トレと有酸素運動をした。
2026/8/18(火)後藤明生「首の上のアドバルーン」を読み終えたので、小島信夫「美濃」を読み始める。特に意図をしたわけではないが、「首の上のアドバルーン」と同じ香りがする。著者らしき人物が、郷里である岐阜の美濃(その対比としての東京もよく登場する)を中心に、実在なのか架空なのかわからない身辺雑事のような文章が続いていく。しかし、それでいて読ませるのだからさすが小島一夫である。文章が狂乱し始め、加速し始める。
仕事、細かい検討ものを片付けていく。朝と夕で3駅分を歩いたので、ジムはお休み。秋以降の山行の予定などを考えたり、調べたりする。秩父の礼所巡り(総距離約100キロ)にも興味があるが、1日25キロ歩いたとしても最低でも4日間はかかる。なかなか休みがとれないが、時間は自ら作るもの。20キロ程度なら今でも歩けるが、連続でとなると未知数だ。それなりの準備も必要になるだろう。遠くへ行って帰ってきたばかりなのに、もうすでにまた遠くへ行きたい。早めに就寝した。
2026/8/19(水)通勤電車で小島信夫「美濃」の続きを読む。語り手が急に自分自身の存在を自問自答し始めるので、読み手としては「じゃあ今まで読まされてきたもの、今から読み続けるものは一体?」という気持ちになる。果ては、「いったい岐阜とはなんだ! そんなもの、この日本にほんとにあるのか?」などと言い始める。すごい小説だ。「美濃」という地名を題名に冠し、これまで散々岐阜がどうの美濃がどうのと脱線を繰り返してきたのに、急に「そんなもの、この日本にほんとにあるのか?」である。解説の保坂和志も書いているのだが、「ルーツ 前書㈣」の文章の狂乱具合がすごい。ここだけ何度読み返しても面白い。
帰宅後、ジムにて筋トレと有酸素運動。筋トレは下半身を重点的に。着々と減量してきたのだが、いつもの壁になる体重に突き当っている。いつもこのくらいの体重で食欲が増してくる。脳が記憶している最適体重以下になるので、食べろ食べろと盛んに言い始めるのだろう。身長も決して高くないので、ここからのカロリー管理は容易ではないものがある。必ずしも痩せていることがよい、という価値観ではないし、BMI数値としても外見としても決して肥満しているわけではないので脳の言い分にも一理あるのだが、もう少し脂肪を落とせば楽に走ったり山を歩いたりできるのではないかと思い、それを試してみたい。
2026/8/20(木)1日Excelをいじりまわしている。去年1年間仕事を回して、えらく非効率な資料作りがあって、なんとか効率化できないかと思っていたのだが、余裕がある今手をつけることとした。データベースにさえ情報を打ち込めば自動的に資料として出来上がるようにしたく、Copilotと相談しながら関数を書いていく。普段使わない脳の箇所を使ったので、少し疲れたが、良い疲労感。通勤電車にて小島信夫「美濃」を読みおえてしまった。帰宅後、ジムにて筋トレ。時間が遅くなったので、少し省エネで下半身の筋トレだけをした。
2026/8/21(金)通勤電車で佐伯一麦「マイ シーズンズ」を読み始めた。「ノルゲ」と同じく、ノルウェーを訪ねる旅行記のような趣もある。その前に読んでいた「美濃」「首塚の上のアドバルーン」と比べて、文章が素直でおおらかで、気分が変わってよい。
帰り、スーパーに行くと、梨が出始めている。まだ値段が高いので私の口には入らないが、季節の移り変わりを少し感じる。帰り道、新装開店した居酒屋の前を通ると、飲み客限定で生牡蠣1個150円との看板が出ており、心が動かされるが、手に提げている買い物袋(スイカ、値引きの刺身)を看板を交互に見て、通り過ぎることにした。牡蠣、この世で一番好きな食べ物。後ろ髪をひかれる帰宅後、ジムで筋トレと有酸素運動。最近はトレッドミルをしている間、NHKの「にっぽん百名山」を見ている。1回30分なのでちょうどいいいし、ああ、この山に登りに行きたいなと運動の励みになる。
2026/8/22(土)7時に起床。玄米ご飯と先週のおかずの残り(根菜の煮物と麻婆茄子)で朝食にして、朝からジムへ。いつもの筋トレメニューと有酸素運動を少し長めにやる。スーパーに買い物に行く。外に出る用事はこれで終わる。今日は家で静的な活動をすることにしていた。甲子園の決勝を横目で見ながら日記のメモ書きを清書、ブローガスト企画の紹介文を書いたり、調べものなど。豚汁が急に食べたくなり、作る。茗荷と葱を乗せて夏風に。スーパー総菜の牡蠣フライを食べ、昨日の牡蠣欲を慰めた。智弁和歌山が優勝した。

そういえばそろそろ図書館へ行くかと思って外を見ると、妙に暗い。アメダスを見ると、雨雲が近づいている。まもなく雷鳴とともに叩きつけるような雨が降り始める。夜遅くまで降るようである。夕食、ビールを一杯と海老の刺身、昼間に仕込んでおいたもやしのナムルなど。たまにはこんな動きがなだらかな日もよい。