日記(2026/3/23-3/28)

八月の光
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公開:2026/3/28

2026/3/23 疲れが深い。体の疲れではなく、精神面での疲れであるように感じる。仕事において緊張の強い局面が続いているからだろう。正念場でもあるが、職場を出るとぐったりと疲れてしまい気力が湧かない。それに付随してのことか、文章が書けなくて苦しんでいる。具体的には日記が書けない。何かしら毎日文章を書くことを自分に課して、その具体的な方法として日記を書いてきたが、2月の上旬頃から徐々に苦しみはじめ、3月に入ると明らかに書けなくなった。その日の食事や天気、出会った動植物のことを書けば良いのだろうが(実際今までそうやって日記を書いてきた)、何を書いても陳腐で、つまらなさが先立ってしまい、後に言葉を続けていけない。急に食事がおいしくなくなったり、動植物がその生命の神税を喪失したわけではないだろうから、受容体としての自分の変化というべきだろう。

 そもそも、日記を書くことは誰に頼まれたことでもない、という前提は忘れているわけではない。徹頭徹尾自分の意思で、好きでやっていることなので、日記が書けないからと言って誰が困るわけでもない。その命令者である自分が納得できないだけのこと。面白い文章を書く人は、その人の人格の面白みの余白として、面白い文章を書くことが出来る、という思いがある。翻って、自分の書く文章が面白くないのは(または、楽しんで書けないのは)こういう自分の人格のつまらなさに起因しているのだという風に思えてきて、苦痛が強まる。

2026/3/24 朝起きづらく、通勤途中のベーカリーでパンを買って出勤。お弁当、昨日仕込んだ舞茸の炊き込みご飯、鶏の照り焼き、ほうれん草とワカメの胡麻和え、ゆで卵など。気の乗らなさを振り切って弁当を仕込んだ昨日の自分に感謝。食事管理が義務と趣味の間で行ったり来たりの微妙なラインを描いている。マルカム・ラウリー「火山の下」も残り100ページを切る。

 22時ごろに帰ってきたら、いつも休みがちのモンゴル料理店が珍しく営業していたので、吸い込まれるように入店。生ビール1杯と豚足、ラム肉のボーズ(モンゴル風の包子)を頼み、ひとりで晩酌。豚足は電子レンジで温めている気配がしたが、まあおいしかったのでいいだろう。調べてみるとモンゴル料理にも大きく2系統あって、ウランバートル系と内モンゴル系があるらしいが、この店は内モンゴル系のようだ。安くておいしかった。

2026/3/25 仕事仕事仕事。年度末のこの時期に大規模なシステム換装があり、もろに影響を食らっている。あと数日で業務メールも共有サーバも使えなくなるため、通常の仕事と並行しながら万が一システム換装がうまくいかなかった時のためにいろいろな処置をしている。印刷機も使えなくなるので、今のうちに資料を刷りまくる。通常業務も正念場で止められないので、頭の中がごちゃごちゃ、しっちゃかめっちゃかである。出来る方法を探りながら、ひとつひとつやっていくしかない。22時に退勤して帰ると、人身事故で電車が止まっている。ついていない。結局家に着くころには日付が変わっていた。

 ボフミル・フラバル「あまりにも騒がしい孤独」を読んでいると、今の心境に合致した文章があった。

 水平ネジの力で圧される満杯の圧縮室が、おとなしい子ネズミたちを潰したけれど、子ネズミたちは残忍な雄猫に捕えられて弄ばれるみたいに、一声も上げなかった。ヒューズが飛んでしまって、とどめを刺される時に、痛みを上回る怖れに捕えられる——そんな怖れを、こんなに慈悲深い自然は発明したんだ。こういうことすべてにひどく驚かされたけれど、あるとき突然僕はそれに聖別されて、自分の中で美しくなった。僕は、そのあまりにも騒がしい孤独の中で見たもの、自分の肉体と精神で経験し体験したことすべてのせいで気がふれてしまわないだけ、肝が据わったんだ。驚くべき認識が僕を貫き、それがこの仕事を通じて、僕を果てしない全能の野に投げ入れた。 

ボフミル・フラバル『あまりにも騒がしい孤独』石川達夫訳、松籟社、73-74頁。

 日常の繰り返しの中で気が狂わないというのは人間に備わった安全弁なのだろうけれど、なぜ自分はこの生活の中で狂ってしまわないのだろうかと思うことがある。

2026/3/26 通勤電車の中でマルカム・ラウリー「火山の下」を読み終える。どういうわけか、「最終版で火山が噴火して、登場人物全員火砕流に巻き込まれて死ぬ」という結末だと勝手に思い込んでいて、いつ火山は噴火するんだろうかと思っていたのだけれど、結局火山は噴火しなかった。破局には違いないのだが。チェーホフのピストルではないが、火山が出てくるのならそりゃ噴火するだろうと勝手に思い込んでいたのだった。人間ひとりひとりの感情活動がどのようなものであれ、何か巨大な力の前では意味をなさないという物語を求めていたのだろうか。

 夜、課の送別会。いよいよシステムがダウンしたので、もう今日はいいとヤケクソな気分になり、南の離島へ異動する同僚Nさんと飲み直しに行った。思い出話と愚痴に花が咲いて、解散した時のは23時になっていた。ふらふらと家に帰る。短時間でなかなかの量を飲んだのでかなり酔っていたが、無事家に帰る。

2026/3/27 夕焼けの街を数年前に逝った飼い犬の柴犬と散歩をしていたら、地球滅亡の予兆かと思うほどの流星群が空を埋め尽くした。夢だとしても、あまりにもリアルな体験だった。自宅の設備点検のため、午前は休みをとっていた。軽い二日酔いと酒鬱でグロッキー、休みをとっていてよかった。午後出勤。システムはダウンして使えないので、やり取りは全て電話、書類は手書きで仕事をしている。パソコンがない時代の人の事務はどんなものだったろうか。結局21時まで仕事をする。

 家に帰ったら、注文していた登山用品(トレラン用ザック、ローカットの登山用シューズ)が届いていた。登山に行く時間的な余裕はないのだけれど、気持ちはいつでも準備万端。靴を探している時に偶然見つけて気に入ったサロモンのスニーカーも買う。軽いし通気性もいいし、履き心地も良い。そして可愛らしい。

2026/3/28 休日出勤。いつもと同じ時間に起きて、家を出た。寝ても寝ても疲れが取れず、電車の中はほとんど寝ている。どうしてこんなに疲れているのだろうか。と思えば、一週間分の日記を振り返ると、残業続きな上に酒を馬鹿に飲んでいるので、それは疲れていて当然なのだった。自業自得である。休日出勤をしている同僚と、楽しいことでもないとやってられないと宅配ピザを取った。ゼロカロリーコーラと一緒にしばし楽しいランチ。職場敷地内はすっかり春の装いで、満開の桜、ユスカリ、ユキヤナギなど。17時頃に退勤。明日も仕事、そのまままた一週間走り抜けるので、今日はよく眠りたい。

@augsutus
主に日記を書いています。