7時頃に起き、カーテンを開いて曇り空であることを確認。続けてお天気アプリで午後から雨であることを確認して、朝のうちに走りに行くことに決めた。半月ほど振りのジョギングで、体が重たい。食生活の悪さが祟り、体重が1キロほど増えている。増えたのはほとんどが水分だが、それ以上に体の重さがあり、これを私は「魂に付着した脂肪」と呼んでいる。曇りの桜を見ながら近くの運動公園まで走る。桜は満開、梅はもう実をつけている。そのままジムへ行き、いくつかのメニューをこなす。朝、野菜の味噌汁、卵、玄米。昼、春キャベツのペペロンチーノ。キャベツが柔らかくておいしい。夜、火鍋。こちらにもキャベツを入れる。

本が読めないのだが、ほかに何かしたいわけではない。他に何かしたいわけではない、というのは、何もしたくない、というのとも違う。何も楽しめない、ということに近いように感じるが、もう少し切り分けて分析をしてみると「刺激が体に障る」と表現するのがいちばん近いように感じる。これまで楽しめていた対象が急に変質して面白さを失うわけではないだろうから、楽しめないのは受容側の問題になるだろう。単に疲労しているだけで、十分に休養すれば戻ってくるものなのか、あるいは慢性化するものなのだろうか、というのが今の不安だ。という趣旨の文章は先週も書いた気がするので、少なくとも先週と同じことを思っているようだ。
できていないことに注目しがちだが、朝からジョギングしたうえ、ジムに行き、食事を作って食べ、掃除と整理整頓をし、買い出しにも行っている。箇条書きにしてみればこれだけのことをやっているのに自己評価では「何もできていない」「怠惰」となっているのだった。実際に行ったことと、自己評価の間に乖離があることの方がむしろ問題なのだとは知っている。こういうものを「完璧主義」と呼ぶことも知っているし、こうした認知の歪みが形作られる子供時代の体験についても思い当たることがある。自分の生きやすさのためにも、カウンセリングを受けてみた方がよいのだろうか。
花はそこにあって嬉しいと感じる。

