*自分の家の本棚をゆるく紹介する企画です。
46冊目「エル・アレフ」ホルヘ・ルイス・ボルヘス、木村榮一訳、平凡社ライブラリー
高校生の時だったと思うが、どういうきっかけだったのか、初めて手に取った南米文学がこの短篇集「エル・アレフ」だった。それ以来南米文学の魅力に親しみ続けているので、とても思い出深い1冊だ。「神の書き残された言葉」という短篇がある。大江健三郎の「M/Tと森のフシギの物語」を読んでいて、川で溺れた少年がイワナの群れと光の揺れの中に予言を見るという印象的なシーンがあり、同時にこの「神の書き残された言葉」のとあるシーンを印象的に想起させられたのだった。実際、大江健三郎は南米文学に強い影響を受けているということで、ある文学者がある文学者に明確に影響を与えるということを体験として知った、という本でもある。ほか、表題作「エル・アレフ」や「不死の人」など、ボルヘスの魅力が存分に味わえるお得な1冊でもあると思う。
47冊目 「アントーノフカ」イワン・ブーニン、町田清朗訳、未知谷
ロシア帝国時代の領主屋敷のことを「ウサージバ(Усадьба)」といい、その貴族屋敷を中心に育まれた文化をウサージバ文化と言う。日本でも「昭和・平成はおおらかでよかった」という人が一定数いるように思われるが、ロシアでも一定数「ソ連時代はよかった」と懐かしむ層がいるそうである。そのソ連時代よりもさらに昔の「古き良き時代」(あくまでカッコつき)が、このウサージバ文化の時代ということになるのではないか。豊かな自然、歌い踊りながら日々の労働に精を出す農奴たち、その脇を馬車で通り過ぎる領主の一家、そんな牧歌的・理想的な風景(それが真実かは置いといて)を豊かな叙情で書き綴ったのがこの「アントーノフカ」ということになる。なお当然ながら、後のソ連の世では、憎むべき農奴制の遺産として灰燼に帰しているのだった。ブーニンはロシアの貴族出身で、ロシア革命後フランスへ亡命し、そのまま帰国することはなかったそうである。望郷の念と観念の中で理想化されたロシアの牧歌的風景とが混ざり合って、非常に芸術点が高い。
48冊目「ミイラになるまで」島田雅彦、講談社文芸文庫
表題作は、釧路湿原の遊歩道から離れたところで見つかったミイラ化した死体のそばにあった手記、という体裁の小説。この死体となった人物は、どのような理由かは判然としないものの厭世の結果として、餓死という手段での自殺を選んだらしいことがわかる。日記の体裁をとっており、次第に精神的に不安定になり錯乱していく様子が克明につづられる。このように書くとなかなか悪趣味であるし、実際読んでみても悪趣味だと思うのだが、最後に著者の言葉として「この作品を世界中のハンガーストライカー、断食行者、拒食症患者に捧げる」と付言されており、読み手として浅はかだったろうか、という気にもさせられる。