2026/9/25(金)5時前に身支度して、宿を出た。この日は、この旅行の最大の目的、利尻山登山。宿から登山口までは車で10分ほど、北麓野営場(標高220m)から出発。
しばらくは原生林の森を進む。登りはなだらかで、足元もよく整備されており、歩きやすい。利尻島にはヒグマが生息していないので、熊鈴携行の必要もなく、静かに歩くことができる。数年前にヒグマ上陸事件があり、島を上げての大騒ぎとなったそうであるが。
近くで鳥の声が聞こえて見ると、小さな小鳥。青い尾っぽはルリビタキだろうか。しばらく並走して枝を飛び回り、先導をしてくれているかのようだったが、そのうち遠くへ飛んでいってしまった。展望台へ出て振り返ると、鴛泊の町と海、そして礼文島。沖ゆく船の白い腹。森の中にいてもフェリーの汽笛が聞こえる。

稚内の方を見ると、宗谷岬の先の水平線にぼんやりと陸地が見えている。サハリンだ。やっと見ることができた。こんなにも近く、しかしあまりにも遠い隣国ロシアの姿。

6合目を超えると森林限界を迎え、景色が変わってくる。ハイマツに飾られた道を進む。手触りがよく癒される。

避難小屋が見えてきた。このなだらかな稜線よ。少し紅葉が始まっている。ハイマツの陰から飛び出し、登山道を大急ぎで横切っていく影が。大きさからしてシマリスだろうか。思わず「かわいい!」と声が出る。その後も何度かリスに遭遇。島にはエゾリスもいるそうだが、この日は出会えず。

さあ、いよいよ9合目に来た。「ここからが正念場!」というのはその通りで、9号目は標高1410m、目指す利尻山北峰は1719m、歩行距離としては500mもないが標高としては一気に300m近く上がる利尻山の核心部である。

見上げると、荒々しい横顔を見せる利尻山。ガスっている。

ここからは礫地。足元はゴロゴロとした岩が増え、両手両足を使ってよじ登っていく場面が増える。横風も非常に強く、寒くなってきた。息が上がりそうになるが、うまくペースをコントロールしていく。登山道に咲く小さな花に励まされる。

短い距離だが40分ほどかかって、ようやく北峰山頂へ到達。天気が良ければ青い海と空が一望できるが、ガスっていた。山頂には祠がある。江戸時代に利尻山を「利尻大権現」として信仰する山岳信仰が本土から持ち込まれたらしく、登山口に近いところには利尻山神社がある。一見この祠が奥の院のように思われるのだが、どうも祠の様子からそうでないように見え、関係性ははっきりとはわからない。どういう由縁なのか気になる。アイヌはこの山を畏れ多い(あるいは不吉な)ものとして登ることはなかったそう。歴史上で初めて登ったのは間宮林蔵だとか。

かわいい御神体が。ウフフって感じ。

ガスが流れて晴れ間が見えるのを待ちながら、小休止。セイコマで噂に聞くちくわパンを買った。フランクフルトのソーセージ部分がちくわなわけだが、なるほどちくわの穴にツナマヨが入っている。あまじょっぱくて美味しい。それから、パケ買いしたやつ。ラブラブサンド。

しばらく待っていると、少しガスが晴れて海が見えてきた。しかし空までは見渡せず。山頂の気温は5度前後だが、強風で体感温度はもっと低いはず。寒さに根を上げて下山し始めた。海に背を向けて登ってきたので、下は海に向かって降りていく。少し顔を上げればこの絶景。

7合目を通過し、避難小屋付近まで戻る。ここが利尻山で一番気に入った場所。ここから見上げる山肌が本当に美しい。紅葉が始まりかけの初秋だが、木の幹の色、まだ青い葉、色づいた葉が織りなす色彩が錦のようである。山の神の手遊びの刺繍のように思える。紅葉が進めばまた違った趣があるのだろう。夕陽に染まれば、また輝き方が変わるのだろう。

立ち去りがたい美しさで、長居してしまった。

海と空と山。

12時を回ると登ってくる人もおらず、のんびりと降りる。13時頃に下山して、登山口から少し車で行ったところの温泉施設へいく。露天風呂で入念にストレッチをしてからしばし微睡む。
宿に戻って休んでもいいのだが、まだ体力に余力があるので、気になっていた利尻富士町にある郷土資料館に行ってみる。利尻初日に行った利尻町立博物館で、約100年前のヒグマ上陸騒動の記録はこちらの方が詳しいと見て。展示としては町立博物館と重複しているものも多いのだが、北海道設置後の本土からの移住についてはこちらの方が詳しいように思える。各県の出身者の内訳も詳細で、その後の本土からの季節労働者の記録なども興味深い。最も多いのは青森など東北だが、北陸からも多く、福井、石川、新潟の順番。意外なところでは鳥取で、鳥取県由来の神事が残っているのだそう。それぞれの地域からやってきた信仰の痕跡が、島の各地に残っているのだそうである。
利尻島はヒグマは生息していないが、明治時代には海を渡ったヒグマがおり、漁師によって斧で撲殺されたらしい。2018年にも106年ぶりにヒグマが泳いで上陸して大騒ぎになったのだとか。あとで宿のご主人に当時のことを聞いてみると、島民はそれはもう戦々恐々だったそうである。ちょうどコロナの頃で、密集しないように散歩に行きたいのに、それもできずにストレスが溜まったとのこと。でも騒動の1週間後には「ヒグマTシャツ」なるものが売り出されたとのことで、なんとも商魂逞しいことだ。
時間もあるので島をもう一周ドライブして、夕陽をまた見に行く。有名な展望台は毎日団体ツアー客が占拠していると分かったので、その近くの小さな展望台へ。礼文島のそばに沈む夕陽。風の音と時々聞こえるカモメの声を聞きながら。振り返ると新月。月は綺麗なのだけれど、輝きすぎて星が霞んでしまった。

2026/9/26(土)朝日を見るために4時半に起きて、港近くにあるペシ岬へ行く。静かな港を散歩して高台に上がる。東の空は少しオレンジ色に滲み始め、港を染め上げる。

日が昇るとカモメがぎゃあぎゃあ鳴き始め、朝を喜んでいるようだと思うが、そんなことはない。朝日に煌めく渚。

新千歳空港へ飛ぶ飛行機は午後なので、それまでの時間最後のトレッキングをする。利尻山の登山口から少し登ると分岐があり、一方へ行くと利尻山、他方へ行くとポン山という低い山へ行く。ポンというのは、アイヌの言葉で「小さい」という意味らしい。ポン山の近くに「小ポン山」もあり、小さいという意味が重なっていておかしみがある。標高は400m程度と軽いハイキングなので、昨日の登山に疲れた足にちょうどいい。のんびりとしたペースで歩く。

ポン山の頂上のベンチでしばし景色を眺めていると、カモメが山側から飛んできて、海からの強風を受けて滞空している、と思うと滑らかな軌道を描いて風の間を滑って行った。鳥っていいなあ、自由でいいなあ。
フェリーターミナルに入っている飲食店で早めの昼食を済ませ、最後の島1周をして空港へ行く。あとは搭乗を待つだけ、新千歳から羽田の便まで間が5時間ほどあるので、札幌でどう遊ぼうとうきうき思案していたら、なんと新千歳行きの便が欠航になった。明日の便に振替になったので、利尻島でもう一泊することに。突然のボーナスステージへ突入である。
レンタカーも返してしまって足がない。同じ宿にもう一泊お願いし、空港まで迎えに来てもらう。宿に荷物を置いて、歩いて鴛泊の方へ行くことにする。利尻山登山口近く、北麓にある利尻山神社に行ってみたかった。途中地元商店に寄って買ったお菓子を食べたりしつ、歩いて到達。
なかなか立派ないでたちをしている。利尻山の山岳信仰が持ち込まれたのは江戸時代だというのは前述のとおりだが、当初御神体は本泊にあり、何度か移設があって現在の場所となったようである。利尻島には他にも神社がたくさんあるが、ことごとく利尻山を祀る対象としているとのこと。

近くには忠魂碑や稲荷大明神もあり、利尻島における信仰の中心地であることがわかる。

たまたま神社にいた方と立ち話。関西から車で来て、昨日利尻山に登っていたとのことで、山ですれ違ったようだ。しばし自分も関西弁に戻って話す。まだ数日滞在されるとのことで、良い旅を、と声を掛け合って別れる。日も傾きつつあるので、来た道を歩いて戻る。幹線道路沿いを歩いていると、ススキが揺れる野原を利尻山方向へ真っ直ぐ伸びる道がある。何度もここを通過しているので道があるのは知っていたが、その脇に小さな看板があることには初めて気づいた。
看板には「奥の院(利意志里山大権現)」の文字。なんと、こんなところに利尻山神社の奥の院を発見! 車移動ばかりしていたので気づかなかった。移動スピードを落としてみるのべきだった。自分の足で歩くことをなおざりにしているから見逃してしまう。山頂の祠を利尻山神社奥の院と紹介している情報源もあるが、町が設置しているこの看板に書かれている内容がおそらく正解なのだろう。看板によれば、宗谷場所の請負人の手によって1765年にはこの大権現は設置され、大山祇大神を祭神している。

看板記載の地図によれば、空港の滑走路の裏にあるようである。Google Mapsで見ても、確かにあるようだ。距離としては2.5キロほどか。日没まで1時間足らずだが。本来なら明日の明るい時にするべきだが、明日は1日雨の予報だ。行くなら今日。行けるところまで行ってみようと利尻山の方へ向かってまっすぐに伸びる舗装路を歩き出す。空港の滑走路を横切る形で道が伸びており、1キロほど歩くと舗装路が途切れる。道はまだまだ奥へ続く。

更に数百メートル進んでいくと、直角に道が曲がり、滑走路と並行するように奥の方へ続いている。うーん、これは行って大丈夫な道なんだろうか。草が刈られている形跡はあるし、迷うような道でもなさそうだが、不安。日没が迫っており、急ぎ足に進む。

進むにつれて草がぼうぼうとしてきて、足をとられそうになる。ところによっては背の高い草をかき分ける。間も無く日没時間を迎え、急に辺りが暗くなってきた。あと数百メートルのところまで来ているはずだが、ここで引き返すことに決めた。とっぷり暗くなる前にせめて舗装路のところまで戻らねばと走る。幸いにして満月が出ていて、その明るさに励まされるのだった。
舗装路まで戻るともう当たりは暗い。普段なら心地よいはずの風と草の揺れる音が不気味だ。藪の奥の暗闇が恐ろしい。島には大型動物こそ生息していないが、無念のうちに死んだ会津藩士か、あるいは和人が持ち込んだ疫病で死んだアイヌの亡霊かが出そう。(こういうときこそ稚内Go!)と思い出し、大音量で鳴らし歩くと勇気が出た。環状道路に近づき、車の往来の音が聞こえるとほっとする。それにしても奥の院をこの目で見られなかったのが心残り… そして、利尻山山頂のあの祠が一体何なのかもわからずじまい。

昨日利尻山に登ったのに、活動量計によれば今日だけで20キロ以上歩いている。流石に連日歩きすぎ。宿のお風呂で脚を丁寧にマッサージをする。ふくらはぎの筋肉がパンパンに張っている。夜はご主人の料理でビールをいただく。急遽の一泊だったので、有り合わせですみませんと言われたが、全部美味しかった。酒の肴ばかりでありがたい。ご主人は利尻島生まれで、札幌に料理の修行に出て戻ってこられたとのこと。滞在中の食事は全て美味しかった。お布団に横になって宿の本棚にあった本を読み始めたが、酔いも手伝ってすぐ寝てしまった。
2026/9/27(日)便の欠航で生まれたボーナスの利尻島4日目の朝。6時前に自然と目が覚めた。外を見ると曇っているが、雨は降っていない。雨雲レーダーを見るとしばらく雨は降らない模様。朝食は遅めの時間でお願いしていたので、昨日の奥の院探索リベンジに行ってみようと宿を出た。
また環状道路から横道に入り、山に向かって歩く。夜中に降った雨の匂いが充満している。小鳥の囀りが賑やか。昨日きた道なので、同じ距離でも短く感じる。例の未舗装の道を進んで、昨日引き返したところまで来た。あと数百メートルだったはずなのだが、想像以上に道は険しく、人ひとりが通れる程度まで細くなる。熊笹は刈ってあるが、勢力を盛り返して身体を叩いてくる。葉の雨露で全身が濡れる。昨日は撤退して正解だった。
高い熊笹の隙間に、赤い屋根がちらりと見えた。ようやく発見! しかし薮の向こう側なので、MAP上ではそちらへ入る道(獣道)が見えるのだが、実際には見当たらない。道は真っ直ぐ続いているので進むと、山の方へ微妙に湾曲している。こっちだったか、と思ったがすぐに行き止まりになった。ええー、横に入る道なんてあったやろうか、ときた道を注意深く戻るが、見つからず。もしかして、さっき曲がった丁字路の、まだ続いている先に道があったのかも。まだ探索したい気持ちはあるも、朝食の時間も迫るので、後ろ髪を引かれつ撤退。奥の院の屋根はこの目に収めたので、まあよしとしよう。

朝食をいただいて、港まで送ってもらう。振替になった飛行機は午後。本当なら今日は自宅で休養する予定だったので、あまり動き回ることはしない。フェリーターミナル前にあるカフェで、この旅行記を書いたり、本を読んだりして時間を過ごす。ジュリアン・グラック「シルトの岸辺」をようやく読み終え、五来重「日本の庶民仏教」を読み始める。お昼時、カフェの隣にある食堂でラーメン。昨日の便が飛んでいれば、札幌ですみれの味噌ラーメンを食べたかった。ラーメン欲をこれでおさめる。
帰りの航空機が遅延に次ぐ遅延。なかなか島から脱出できないというのも離島あるある。飛び立つ直前に雨が上がり、飛行機越しに最後に利尻山の姿を見られた。1時間遅れで新千歳へ飛び、乗り継いでようやく羽田へ辿り着いた。電車で帰った方が安いが、少し横着をして高速バスで最寄りの駅近くまで帰る。
思いがけず5泊6日の旅行となった。活動量計によると90キロ歩いたらしい。トレッキングをたくさんできたので、心はとても満たされている。たくさん食べもしたけれど、消費もしただろうから、よし。明日から当たり前のように出勤だ。いよいよ繁忙期の始まりで、今から明日出勤したらやるべきことのリストが頭の中でスクロールを始めている。この旅行で随分経済活動をしたので、また一生懸命働いて旅費を貯めなくては。