2026/9/5(土)5時台の電車に乗って出発。東京は早朝から小雨。高尾からJR中央線に乗り換え、山梨方面へ向かう。甲府の一つ手前の酒折で降りる。今日は、八ヶ岳連峰の山に登りに来たのだった。レンタカーを借りて、早速登山口へ走る。
山梨は仕事で暮らしたことのある土地なのだった。どこもかしこも懐かしい地名ばかりだ。甲府昭和ICから中央道に乗り、北上していく。この甲府昭和ICから近いところに住んでいたので、この辺りの道路は日々走り回っていた。目に入るものがとにかく懐かしい。あの店まだあるんだ、ああこの道を歩いて通勤してたなあ、とか。秘密が紐解かれていくような感覚が快い。
北杜市の長坂ICで降りて下道へいく。この辺りは人気観光地の清里高原があるので、結構車通りが多い。10時頃、登山口の天女山駐車場に着く。30台が駐車できる無料駐車だが、半分も埋まっていなかったか。紅葉シーズンではないので、それほど混雑していない様子。私がこの日の登山客の最後尾なのではなかろうか。夕方までに下山しようと思うとぎりぎりの時間なので、手早く準備をして出発。

天女山駐車場は標高1534m。今日の目指す先、権現岳は2710m。約1300mを登って降りてくる行程だ。往復で約11キロ、6時間の山行の予定。いつも下山で足が売り切れそうになるので、下りに足を残すことが今回の目標。登りで飛ばしすぎないようにペースに機を配ること。時々、くすっと笑えるメッセージが登山道にあって楽しい。この日は雲が多くて、ここから権現岳は見えない。

熊笹が茂る森が続く。佇むと無音の森。時折りシジュウカラの会話が響き渡る。段差をよじ登っていると、目の前をミソサザイがちょんちょんと歩いて行った。

ここが一番きつい。

登山道の脇にひっそりと咲く小さな花を見ると癒され、励まされる。黄色い花は、アキノキリンソウ。漢字で書くと、秋の麒麟草。

ヤマホタルブクロ。初夏の頃に咲く花。この子はまだ口が開いていない。口をひらいたものを覗かせてもらうと、ミツに誘われた虫がいた。

前三ツ頭(2364m)へ到達。雲の中で、眺望ゼロ。風は強くはないけれど、日差しがなく少し寒さがある。ソフトシェルを出して着た。

次のピーク、三ツ頭へ向かう。雲で少し先も見えないので慎重に。雲が流れて一瞬景色が見えた。見事なザレ場だ。

またしばらく登って三ツ頭(2580m)に到着。三ツ頭手前で、小学生の集団登山に遭遇した。「頑張ってくださーい」という黄色い声援を受け、手を振りながら通過。

流れた雲の間からこれから向かう権現岳のピークが見える。一番高く、とんがって見えるところがそれ。ここから、短いが稜線歩きになる。

生い茂っているのは松だ。松の葉が撫でてくるのが、案外快い感触。真っ赤な松の実、若い松ぼっくり、リスに齧られたと思われる松ぼっくりなど、視覚的に楽しい道中。

権現岳のピークが近づくと、岩場が増えてくる。全身でよじ登っていくのだが、なかなか怖い。これは山頂手前の鎖場。

鎖場を通過し、また岩場を登って、ようやく山頂へ。岩の祠があり、その脇は絶壁。しかしこの脇のわずかな道を通過せねばならないのである。怖いので、「ちょっと失礼します」と声をかけ、祠の屋根に掴まらせてもらい通過。

北杜市のホームページによるとは檜峰神社というそうである。八ヶ岳権現ともいうそうだ。祀られているのは、磐長姫命(いわながひめのみこと)と八雷神(やくさのいかづちのかみ)で、いずれも古事記と日本書紀に名前があるそうである。

権現岳の最高地点はこの岩。岩をよじ登っていく。

到達。山頂には鉄の鉾がある。モニュメント的な何かなのか、由緒のあるものなのかよくわからない。曇り、眺望ゼロ。

何にも見えないけれど、誰も来ないし、ここで食事しようと特等席に居座っていたところ、雲が流れて青い空が見え始めた。この日初めての眺望。

連なる山が見える。天気が良ければ岩の反対側に富士山が見えるはずで、恐る恐る立ち上がって向こう側を見たが、富士山見えず。

足元の岩場と山。足をぶらぶらすると滑り落ちそうで怖いのだが、そのゾクゾク感が楽しい。

あまりゆっくりしていると日没までに下山できないので、降り始める。このとき14時過ぎ。再び雲がかかり始めてまた眺望ゼロ。往路では見逃した祠を見つけた。この祠の中には、ただ枯れ枝が一本だけ入っていたが、実はそういうものも珍しくないらしい。

降りる途中、目前の登山道を鹿が3頭連れ立って猛スピードで横切っていった。そんなに急いでどこに行くんだろう。蹄の跡がぬかるんだ地面についている。少しタイミングが悪ければ轢かれていたと思われる。鹿を轢くことはあっても轢かれることはそうそうないので、運がいいのか悪いのか。かなり降りたところで、三ツ頭付近で出会った小学生軍団にまた出会い、再び声援を受けて最後の力を振り絞る。16時半頃に天女山駐車場へ戻る。足は売り切れなかったが、時間を気にしてオーバーペース気味だったので、結構膝にくる。総時間としては6時間、休憩時間を除くと6時間を切る山行だったので、目標通り。足を売り切らないという目標も一応合格としておこう。
少しストレッチをしてから、お宿へ向かう。私が住んでいた頃には中部横断自動車道はまだ全開通していなかったが、知らぬ間に静岡までひとっ走りに行けるようになっている。その中部横断道で、南部町まで一気に南下する。南部町はもう一山越えれば富士宮(静岡)というところ。富士山を横に見ながら100キロ弱を走り、18時頃に民宿に着いた。何とこの日は貸切で、すぐにのんびりお風呂に入らせてもらう。広い湯船で入念にストレッチとマッサージを。
野菜たっぷり、量もたっぷりの夕食をいただく。鮎の塩焼き、季節の野菜の天ぷら、刺身こんにゃく、もろきゅうなど。茗荷の天ぷらが美味しかった。こういう民宿の家庭的なお料理は大好き。

食事をして、一人には広すぎるお部屋に戻って、すぐに寝てしまった。
2026/9/6(日)6時前に目が覚める。鳥の声。前腿に少し筋肉痛があり、嬉しい。この日は町の防災訓練日だということで、朝から防災放送や緊急地震速報(訓練)流れている。野菜たっぷりの朝食をいただいて、宿を出発。すごく良い佇まい。旅館を経営するご夫婦の親切さも最高で、お気に入りの民宿がまた増えてしまった。

ちょっとドライブして身延山久遠寺へ。日蓮宗の総本山であるとても大きいお寺。ロープウェイで奥の院へ行くこともできるが、何度も登ったことがあるし、今日はやめておく。境内にお経が響く。

山門はこの階段の下。この階段は心臓破り(経験済み)なので、今日は降りないし昇らない。

久遠寺を後にして身延町を走り、「木喰の里微笑館」へ行く。細くてわかりにくい道を登って行くと、こじんまりとした建物が見えてくる。こんなところにあって誰が来るんだろうか、と思ってしまうほどの奥地にある。

つい先日、偶然にも柳宗悦の「木喰上人」を読み、その上人の生まれ故郷が身延町であることを知る。丁度山梨に行く予定があって、これも何かの縁だと思って立ち寄ってみることにしたのだった。木喰上人の生まれである丸畑には、今でもその縁者にあたる方々が住んでいるそうである。
木喰上人は江戸時代の行者で、全国を歩き回って行く先々で木像の仏像を残した。その数は千体を超える。長らく上人も上人の仏像も忘れ去られていたが、大正時代に民藝運動の提唱者である柳宗悦が甲府を別用で尋ねた際に発見し、全国的な調査を行って上人の偉業を再発見したのだった。上人の木像は素朴で、正統派仏教美術とは明らかに離れていて、技巧としては比べるものではないかもしれないが、しかし信仰の価値として劣っているとは全く感じさせない。微笑仏と呼ばれることもあるように、微笑んでいるのが最大の特徴。上人は彫ったものを当地で世話になった人に送ることもよくあったようで、一般的な民家などにある例も多いそうだ。
木像のほか、上人が実際に使っていた帳面や笈が展示されており、なかなか面白い。上人は和歌もよく読み、本物の和歌集も展示されている。以下に幾つかの和歌を。
まるまると まるめまるめよ わが心 まん丸丸く 丸くまん丸
我心 にごせばにごる すめばすむ すむもにごるも 心なりけり
どちらも素朴で素直な歌だ。技巧的に優れているかと言われたら、そうではないだろう。では価値がないのかと言われたら、そうではない。素直で率直であるところに魅力がある。これはお土産として売っていた記念切手。

上人の仏像は、長く歴史の中で忘れ去られた間に散逸したり、あるいは戦災で焼けたものも多いそうである。長い順礼の末に甲府に帰り、91歳で七観音を彫って教安寺に納めたと記録されているが、1945年の甲府空襲で焼けてしまったらしい。
微笑館の方に、近くに上人が建てた四国堂の場所を教えてもらい(屋根が見える)、車で向かうのだが、結局発見できない。そのまま甲府方面へ戻る。
少し早い昼食に、甲府は善光寺の前にあるうどん屋へ行きたかった。山梨の郷土料理といえばほうとうなのだが、B級グルメとして吉田うどんというのがあって、私はこちらの方がかなり親しみがある。富士吉田市を中心に食べられているうどんだが、バリカタどころではないバリバリカタカタのうどんなのだった。一般的にはそこにキャベツとワカメ、馬肉のしぐれ煮(牛肉の場合もある)、ゴボウの天ぷらなどが添えられるが、店によって色々特色があって面白い。山梨で働いていたときは外回りも多かったので、同僚と昼に吉田うどんを食べるということもよくあった。
「戸田」という有名店がかつてあって、数年前にご主人の高齢が理由で店を閉めてしまったようなのだが、継ぐ人があったようで店名を変えて同じ場所で営業しているらしい。相変わらず混んでいる。今日はつけで。相変わらずすごい量。食べても食べても麺が減らない。

車を返し、そのまま東京方面の電車に乗っても良いのだが、土産物を買いたかったので一旦甲府駅へ行く。お土産を買って、電車を待つ間、改札前にあったワイン・ビアバーにまんまと引き寄せられ、IPAを一杯。

甲府から中央線に乗って東京へ帰る。18時頃に自宅に着くはず。明日また仕事。よいリフレッシュだった。