*自分の家の本棚をゆるく紹介する企画です。
34冊目「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー
今更あらすじを書くほどのこともない傑作だ。うちの本棚には亀山郁夫訳(講談社古典新訳文庫)、原卓也(新潮文庫)、江川卓訳(中公文庫)の3訳がある。これほど熱中して読んだ本は他にない。初めて読んだ時は感動して1週間で読み切ってしまい、そのままの勢いで更に2周したのだった。その後も繰り返し読んでいるが、その都度見えるもの、感じるもの、気づくものが異なるので、まだこの小説の入り口辺りをうろうろしているに過ぎないと思わされる。書かれた言葉自体は決して難解ではないので、書いてあることがわからないということではないのだろうが、しかしこれがまた難しい。難解ではない言葉で、しかし誰にも書けない小説を書くからドストエフスキーはすごいのである。その意味ではまるで聖書のようだ。言葉は平易だが、その真意を読み取るにはロシア帝国史、当時の社会背景、キリスト教や聖書に関する知識に関する知識が必要となってくる。いや、そんな難しいことは考えず、アリョーシャのあの台詞――「この世のだれもが、何よりもまず人生を愛すべきだと、僕は思いますよ」に出会えたことだけを感謝すべきなのかもしれない。
35冊目「フラナリー・オコナー全短篇」フラナリー・オコナー、横山貞子訳、筑摩書房
フラナリー・オコナーは南米ジョージア州出身の小説家で、短篇小説の名手である。フォークナーなどと並べて紹介されることが多いが、私はあまりオコナーとフォークナーが似ているとは思わない。熱心なカトリック教徒であり、若くして病没するまで「神の恩寵」について問い続ける小説を書き続けた。キリスト教の教義において、恩寵(grace)とは自らの中から「生まれる(creation)」のではなく、「訪れる(arraival)」ものである。オコナーはその恩寵の訪れ(あるいは訪れなかった)瞬間について、非常に緻密に計算された世界観の中に表現するのである。文章は硬質で隙がない。キリスト教・聖書に関する知識があればなお面白く読めるし、なかったとしても非常に面白く読める短篇集だ。どれも名作だが、「河」、「人造黒人」、「障害者優先」が特に好き。
36冊目「愛のひだりがわ」筒井康隆、新潮文庫
筒井康隆の作品の中ではそれほど有名作品ではないが、不思議な読後感があって好きな作品。愛(「愛」という名前の少女だ)が、その時々の相棒(左側にいるのである)とともに旅をするロードムービー風の物語である。かなり若い頃に読んで、ああ、そういう終わり方するんだ、と少ししんみりした記憶がある。「七瀬シリーズ」や「旅のラゴス」「パプリカ」などの王道エンタメや、「ダンシング・ヴァニティ」「残像に口紅を」などの実験的小説もももちろん面白いが、この「愛のひだりがわ」や同系統の「聖痕」なども、しんみりとした余韻があって面白い。