日記(2026.1.31→2.6)

autoishk
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公開:2026/2/6

1/31(土)

 久しぶりにあつ森を開き、アプデして始めた。住民に「4年7ヶ月ぶりですね」と嫌味を言われた。そういえばコロナ禍にやっていたのだった。いまも育休で事情により外出がなかなかできない状態に置かれていて、似たような環境になっている。

 昼、麻婆豆腐などの残り物の処理にあわせて豚汁をつくる。夜、中華丼とさつまいもの甘露煮。さつまいもが切ってみたら傷んでいて、捨てるか逡巡した末にもったいないの精神が勝って調理したのだが、食べてみるとやはりガソリンのような怪しげな味で、しかしもったいないの精神が勝って少し食べ、残りを捨てきれずいったん保存容器にしまった。読書はほとんどできず。T・S・エリオットの『四つの四重奏』を読み終えたが、あいかわらず詩は苦手で眼が滑っていってしまい、ほとんど頭に残らなかった。リルケの『ドゥイノの悲歌』との類比が解説にあった。今月読んだなかでクロード・シモン『歴史』のエピグラフとしても、『重力の虹』のペクラ―が敬愛する詩としても、ドゥイノの悲歌が登場していて様々に眼にしているので、そろそろ読みたいところ。

2/1(日)

 今日もあつ森をやっていて意識をだいぶ持っていかれていた。ゲームが下手なのでさして進展はない。部屋の模様替えにしろ屋外の区画のデザインにしろ、思い通りにしようと思うと様々な素材が必要であり、様々な素材を手に入れようとするとカネが必要であって、最終的にあらゆる欲求が金銭に収斂していき心が貧しくなっていく。一方、Youtubeやインスタにあがっているプロの島クリ職人たちの技を見てしまうと彼我の差が激しく、ほぼデザイン系の仕事のスキルを磨かされているのと同じ感じで、そろそろ飽きて放り投げてしまうかもしれない。

 昼、残り物の豚汁と納豆卵かけご飯。夜、石狩鍋。さつまいもの甘露煮はやはりダメそうで、泣く泣く捨てた。以前、さつまいもを買ってきてから二週間ほど放置していたら傷んでいて捨てざるをえなかったことがあり、その時に密閉された袋に入れておくと悪くなるので空気に触れさせることが重要とあり、袋に穴を開けておいたのだが不十分だったのか、それとも買った時すでに状態が悪かったのか。前はみるからに傷んでいたのに対して、今回は見た目は悪くなさそうだったのにもかかわらず、切ってみると黒ずんでいて、ああやばいと思ったのだった。今後、見た目で判断できないとなると一定確率で傷んでいるギャンブルな食材ということになってしまい、頭を抱えている。傷んで黒ずんだ部分を切り落とすと一時的に黄色い健康そうな断面が現れるのだが、すぐに維管束(?)を通って黒ずみに染まっていくのが不気味で恐ろしい。「維管束」で合っているのか全く定かではないが、こうやって物事の理解と離れたところで受験用語がひょいと脳内に出てくるのが、悲しき元受験戦士の性という感じがする。

 外出したい。気ままに散歩したい。必要からほとんど家に縛り付けられていて呪縛霊のよう。外出できないのがストレスになっている。

 最近は夜、子に最後の授乳をした後、寝かせる前に消化のためにソファでしばらく縦抱きするのがルーティンになっている。今日はしゃっくりが止まらなくなっていた。悪い親なのでその間スマホをいじっていることも多いのだが、今日はスマホをどこかに置き忘れていて、ほかにすることもないので子の顔をじっくり眺めていると、かつてないほど頻繁に喃語を放ってくれた。それで、こちらもそれに反応して返すので、ちょっとした音ゲーのようになっていた。それからわずかの間接照明を除いて部屋を暗くすると、闇に覆われた室内の遠くを興味深そうに見つめていて、大人にとってはもはや見慣れた狭い室内が、外の世界をまだ殆ど知らないこの子にとってはあるいは広大な宇宙のように見え、あるいは薄暗いいくつかの照明はそのなかに佇むいくつかの恒星や惑星のように見えているのかもしれないと思う。そう想像すると世界の見え方が切り替わるような気がして楽しいのだが、室内に宇宙や天体を重ねてみるのもそれはそれで月並みなメタファーに過ぎず、赤子の知覚とはまったくかけ離れているのかもしれない。

 阿久津隆『読書の日記』とリチャード・フラナガン『グールド魚類画帖』を読む。『読書の日記』にレイナルド・アレナス『襲撃』の引用があり、興味を覚える。

 まず初めに執行されるのは、これが一番見物なのだが、フェイントの打撃だ。打撃執行人役(俺も何度もやった)の者は棍棒を持ち上げ、十分勢いをつけるふりをして、罪人の頭蓋骨を叩き潰さんばかりに猛烈に振り下ろす、そして棍棒が脳味噌の中で炸裂せんとするその時、突然ふっと力を緩め、打つのを止めるのだ。執行人が猛烈なうなり声を上げてから行われるこの行為は、三度繰り返される。周知の通りこれが象徴的打撃と呼ばれるもので、大衆への見せしめとしてなされるってわけだ。この三発の象徴的打撃が行われている間に、処刑執行まっ最中の生贄の顔を見てみるがいい。これがこの儀式の唯一面白いところなんだが、うなりを上げて振り下ろされる棍棒が、急に止まって脳をかすめる時の目や口やしかめ面といったら一見の価値ありだ。興味深いのは、棍棒が止められた時、間違いなく一撃を喰らうと思っていた当の生贄が、今にもやられる、という印象を拭いきれないことだ。しばらく間をおいてからやっと、やられていないと分かったそいつは、驚きと恐怖と苦しみを露わにする。超絶厳帥による発見と厳正なる通達に従って、そうした三回の象徴的打撃が取り決められているのはそのためだ。処刑を待つ者の恐怖の表情を、皆が見ることが出来るようにするためなのだ。

レイナルド・アレナス『襲撃』(山辺弦訳、水声社)p.65,66

(阿久津隆『読書の日記』NUMABOOKS、p.149)

知らない作家だったので少しだけ調べてみると、キューバ生まれで革命政府に弾圧されてアメリカに亡命し、10年後に自殺したとある。また好書好日に星野智幸の書評があり、「アレナスが驚異なのは、徹底した呪詛(じゅそ)と罵(ののし)りに満ちた語りで、このグロテスクな悪夢的世界の耐えがたさを極限まで膨れあがらせるだけでなく、稚気に満ちた表現や設定で、底なしの笑いをももたらすところだ。」と指摘されている(https://book.asahi.com/article/11621969)。あるいはシオランとケストラーの『真昼の暗黒』を混ぜたような感じだろうか。上記の引用では、ディストピアにおける暴力が、死刑執行人による打擲と停止の映像を際立たせる独特の文体で描かれ、読み手は不正義への憤りと打擲のリズムが生む快が奇妙に結びついた感覚を味わわされる。

 それから『グールド魚類画帖』からは次の一節。

おれのこと、好きなように呼んでくれ。ほかの連中はそうしてるし、おれは全然かまわない――おれはこのおれじゃないんでね。ひとりの男の物語なんて、この人生ではつまらないことだ。男は無意味な殻を運び、そのなかで育ち、そのなかで死ぬ。というようなことを、ポーキュパイン・フィッシュが言った。いつものようにやつは、呼ばれてもいない場所に早くもそのふくらんだ頭を突っ込んでいる。これから語ることは、おれの真実の物語かもしれないし、そうじゃないかもしれないが、どっちにしたってちっとも重要なことじゃない。だが、ポーキュパイン・フィッシュが死んでデンマーク人じいさんもいなくなっちまったから、やつらと合流するまえに、自分のケチな絵の話をしておきたいんだ。(リチャード・フラナガン、渡辺佐智江訳『グールド魚類画帖 : 十二の魚をめぐる小説』白水社、p.52)

ある人生が別のそれのなかに嵌入しているという感覚は、そのものとして受け取れば「転生」の問題でありうるが、文学になかではごくふつうの「間テクスト性」の問題として受容されている。重要なのは、間テクスト性それ自体を単に抽象的な原理として自己言及的に問題化することではなく、むしろある具体的な物語からどの別の物語へ、どのような断片を辿って飛躍できるかというところにある。『グールド魚類画帖』では魚の絵とめくるめく作中話がその機能を担っているが、『読書の日記』もまた同じで、そこでは著者の日常のなかに埋め込まれた引用がそのような跳躍行為の起動装置となり、別の物語へ開かれた戸口となっているーーそのようなことをつらつらと思っていた。

2/2(月)

 寝坊した。寝坊できたのは子も寝坊していたからで、遺伝かもしれない。本当によく眠る子で、生後二ヶ月でもう9時に寝て5時から6時まで通しで寝てくれる。そんなものだろうか、どうだろうか。

 子が大人しい午前中に隙を見て図書館へ行った。よく眠れたため疲れも軽く、空も澄み渡って青く、昨日の鬱々とした気分は吹き飛んでいた。公共図書館への道沿いには保健センターや福祉施設が立ち並んでいて、そのうちの一つから出てきたのかもしれない知的障がい者らしき人たち一行が愉快そうに闊歩していた。占領下のパリへの関心が持続していて、ゲルハルト・ヘラー『占領下のパリ文化人:反ナチ検閲官ヘラーの記録』、ティラー・J・マッツェオ『歴史の証人ホテル・リッツ』、パトリック・モディアノ『エトワール広場/夜のロンド』を借りてきた。帰り道に音楽を聴いているとFamily Basikというバンドを知り、良かった。

 あつ森。なんだかんだ続いている。

 昼、チャーハンと石狩鍋の残り。夜、カレー。先日のオモコロのカレールウ食べ比べ動画のせいでカレールウ遍歴がしたくなり、今回はジャワカレー。それほど好みではなかった。

 『歴史の証人ホテル・リッツ』のパリ解放に関する章を読む。『パリよ、永遠に』では、ドイツ占領軍司令官のコルティッツをスウェーデン総領事ノルドリンクが8月24日から25日の未明に必死に説得してパリ破壊を思いとどまらせたということになっていたが、『歴史の証人ホテル・リッツ』によれば、コルティッツ司令官はすでにヒトラーの乱心を見切っており最初からパリを破壊するつもりは毛頭なく、うまく時間を稼いで連合国軍にパリを解放してもらうことを期し、連合国側に対して24日昼までに到着するよう働きかけてさえしていたらしい。しかし連合国軍やルクレール将軍率いるフランス軍は一枚岩ではなく、様々な利害のせめぎあいがあったようだ。連合国軍としては兵站・食料物資の供給の観点からあまり急ぎたくはなく、またフランス軍は解放軍のうち一番乗りすることに固執しつつも、パリ市内のレジスタンス運動における共産主義勢力を排斥するための手筈を整えるためにパリ入市を遅らせたいという思惑があり、結局到着は深夜になったらしい。コルティッツは肝を冷やしていたとのこと。もしこれが本当だとすると、ノルドリンクの説得はなんの意味もなかったことになりそうであるがどうなのか。『歴史の証人ホテル・リッツ』の著者もアメリカのノンフィクション作家であり歴史家ではないが、どちらが史実に近いのだろうか。しかし目前に迫りくるパリ破壊ーーそれは多くの同胞の死をもたらしたはずだーーの危機にもかかわらずパリ解放後の自身の権力基盤の構築と共産主義者の排斥のためにわざと解放を遅延させようとしていたというド・ゴールやルクレールらの思惑は本当だとすれば醜悪極まりない。

 『グールド魚類画帖』を読み進める。語り手であるグールドが流刑先の島で、博物学的関心を持つ外科医に絵描きの才能を見出され、待遇を少し良くする代わりに魚の標本画を描くよう求められる場面。グールドは自身の有用性をアピールするために話をでっち上げるのだが、そこで次のように言われる。

 おれはやつが納得しそうな話を大急ぎでいくつかこしらえた。芸術とはどうあるべきか、どうあるべきではないかというやつの独断を聞いたうえで、ひとつひとつ話を組み上げていった。そうするには、おれは傲慢さと謙虚さの中間、重罪犯仲間よりもちょっと上、やつのような支配者よりはちょっと下に位置をとらなければならず、それは綱渡りだから、そこから一、二度あやうく落っこちそうになったが、ふらつくたびにシャギー・アッカーマンを遠回しに引き合いに出して、態勢を建て直した。もちろんやつはこの人物については聞いたこともなかったが、実は彫刻師だった。おれはやつを、驚異のアッカーマン、天才アッカーマン、ロンドンの彫刻師たちに君臨する訛りの強いハノーバー王家の王のような存在であるアッカーマンとして小声で讃え、栄光に包んだ。その栄光がおれのなかに反映されているとプディングが思ってくれるようにという期待をかけて。(…)

 そのときまでは存在していたわけではなかったおれの過去が、いまは心の至るところで鼠花火みたいに炸裂していた。まるで、口にしなかったこれらの記憶の真実が、おれがでっち上げているあらゆる嘘のためになくてはならない底荷であるかのようだった。というのは、自分の芸術でより高次の強い衝動を追求しようという自分の情熱を外科医に語りながら、昔、おれの根城の灰色の影のなかで、おまわりたちに追われていたときに抱いたのと同じ恐怖に襲われていたからだ。貧民窟の暗い路地に置かれた樽の陰の臭い汚物のなかで体を丸めているところを捕らえられ、投げ倒されて、剥き出しの根っこみたいに震える恐怖。おれが本当はだれかほかの人間なのかもしれないという、おれのまわりのすべてがぐるぐる回り出したという、おれの人生はすべて別の人間が見た夢にすぎないという、おれを取り囲むものすべては世界の幻影にすぎないという恐怖。そしておれは泣き、とまどい、本当にどこか別のところにいて、別のだれかで、このすべてを見ているのだった。(リチャード・フラナガン、渡辺佐智江訳『グールド魚類画帖』白水社、p.118-120)

それから『読書の日記』の次の箇所。

 叫ぶことしかもう僕らには、できないのかもしれんね、自転車に乗って恵比寿のあたりまで行った、全力で叫んだ場合、ということを考えた、駆け抜ける身である以上は特に問題はなかった、明治通り、特に問題はなかったしかし叫ばなかった私はまったく叫ばなかったそれから恵比寿を過ぎて明治通りをまっすぐに進むと広尾の次に先ほどから行先として表示されていた天現寺が左手にあって次が白金だった白金は懐かしい町というか地名ではあった。明治通りが終わり麻布通りに入り麻布であるとか麻布十番であるとかの地名を横目に自転車を漕ぎ続けた頭上を首都高が走っていた。首都高の路面を照らしているのであろうオレンジ色の光を僕は心から愛おしく切なく思った、六本木通りに出た。なんとなく見知った道だった。もう少し行けば皇居にぶつかるはずだった、赤坂、霞が関を過ぎ、するとたしかにぶつかった。お濠があった。それを右手に見ながら少し坂をのぼりながら進んで左に折れると、もうこれをまっすぐ行けば新宿だということは一緒に走っている誰の目にも明らかだった。明らかにさきほどよりも人が増えていた。一つ土地の名をつぶやくたびに、あらたな自転車が一台ずつ合流していった。このときには十人ほどが、ひとつの群れというよりは塊になって、走っていた。麹町すぐに四谷すぐに新宿、高架下をくぐると青梅街道で神田川をわたった中野高円寺阿佐ヶ谷荻窪青梅街道はどこまでも続く様子だった気がついたら新青梅街道にいたまだまだ進んだすると青梅、秩父、奥多摩、それから佐久小諸上田。長野、妙高、上越。やがて海にぶつかった。僕たちはそのままとんぼ返りで渋谷に戻ったがその道中に叫ぶことはなかった、渋谷に着くと解散してビールを飲んで日本酒を飲んでウイスキーを飲んでワインを飲んでコニャックを飲んでグラッパを飲んでストレーガを飲んでチンザノを飲んでベルモットを飲んだ彼は今、ミラノにいた。怪我をしてミラノの病院に移っていた、そこで看護師で恋人のキャサリンと睦み合う期間を過ごした、あるいは酒を飲みすぎて黄疸になった、彼に前線に戻る命令がくだされた、それで彼は戻った、だからキャサリンと駅で、別れたその別れの場面を読みながら、一度前線にいてそこで大怪我をして病院に入っていた男をもう一度戦地に送り出すその見送りはいったいどんなにおそろしい気分なのだろう、行く当人もまた、どれだけ負傷をおそろしい記憶としてひきずりながら再び赴くことになるのだろう、と想像したところ、僕はとうとう大声で叫ぶことになった。

 持続する絶叫の声が一枚の薄いしかし確かな膜になって少しずつ大きくなり僕の顔の前から背中へと回り、しまいには僕をすっぽりと取り囲んだ。僕はシャボン玉の中にいるみたいな様子になり大きな深い安らぎに満たされて眠りに入った。声はその膜の内側でもずっと反響していて、どんどんとボリュームが大きくなっていったあげく最後は何も鳴っていないのと同じだけの音量になってずっとそのままだった。(阿久津隆『読書の日記』NUMABOOKS、p.167-168)

どんどん書きぶりが自由になっていて素晴らしい。読むこと、書くことの喜びに溢れている。ここでは通常思われているように、日記は自分の過ごした一日を振り返って書いているのではなく、フィクションや幻想の領域にまで入り込んでいる。自転車に乗り続けても妙高や上越にまで普通は行けないし、ましてミラノまで行けるわけはない(※ここで出てくるミラノとキャサリンは、阿久津が当時読んでいたヘミングウェイの『武器よさらば』に由来している)。だが単に、単に自分の過ごした一日を振り返りそこに虚構を交えて書いている、ということでもないように思う。おそらく初めのほうの恵比寿や広尾は実際に自転車に乗って通過したはずで、しかしそこで飽き足らず、「叫び」の感覚に貫かれて自転車を漕ぎ続けたという事実から、地名が地名を呼び寄せるように次々に遠く遠くの土地の名が現れてきている。そこにはある種の真実が宿っている。妙高や上越、そしてミラノにまで到達したことは、現実に混ぜられた虚構というよりも、書くことの営みのなかで実際に到達されたものと言えないだろうか。書くことの快楽に導かれ、書くことが新たにもたらしている瞬間の経験に忠実に書きつづけることで、現実の一日の出来事から徐々に離陸し、それと同じだけのリアリティを持った別種の領域に入り込んでいく凄みがここにはあると思った。

2/3(火)

 『読書の日記』の続き。別の日にも著者は自転車に乗って松濤に、あるいは恵比寿や代官山に出かけていく。それで、この日記で描かれているのは「自転車のある生活」であると思い至る。仕事にも余暇にも著者は自転車に乗って、まるで風の谷のナウシカが風を読むようにしてその時々の自身の気分を読み、それが向かう方向を見定めて飄々と出かけていく。そこに成り立っているのは、目で追える速度での移動によって完結する豊かな生活圏であると思う。

 それはまた、商いをしている人の生活感覚であるかもしれない。この広大な東京で、多くの賃金労働者たちは日々、郊外やベッドタウンの自宅から満員電車に詰め込まれ都心にある職場へと輸送されていくが、商店主たちの暮らしはそういう東京とは別の東京、もっと職住が密接に結びついた生活圏としての東京をそれぞれに立ち上げているのかもしれない。

 そこで、パリで実験的に導入されていたはずの「15分都市」の構想を想起した。ところで15分都市について検索すると、「15分都市」が世界規模の陰謀論に変容するまで」というCNNの記事が出てくる(https://www.cnn.co.jp/world/35200855.html)。気候変動否定論者が中心となって、公権力による広範な交通制限がなされうるという偽情報による陰謀論が蔓延しているらしい。

 『グールド魚類画帖』からは今日は次の一節。

 〈大麻雀館〉は、からっぽのまま建っていた。ツーペニー・サルが面倒を見ている黒人の子どもたちが、こだまが響く舞踏室や宴会場を思うままに走り抜け、鳥を追いかけ、交配していく場所でかくれんぼに興じていた。

 室内には、浸食するように立ち昇る湿気と、降りてくる霧が充満し、そのなかでアン嬢の手紙はびしょ濡れになってゆき、言葉が洗い流されはじめた。おれがいくつもの壁を飾ったヨーロッパの驚異と栄光の濡れた物語は短時間のうちにまだらになり、続いて虹色のナナクサインコの排泄物に覆われ、騒がしく啼く黄色い尾をつけた黒いバタンインコが、広大な空間を群れをなして飛ぶようになった。いまでは建物のなかにまで雨が降り、ペルメル街を照らすガス灯の照明についてのアン嬢の観察と、共同台所に関するランフォード伯爵の論文における彼女の重要な役割が流されて、蒸気圧縮機械と催眠術治療についての彼女の記述に入り混じり、ほどなくすべてが、固い殻のようになった鳥の糞に閉じ込められた。ウミワシがはるか上空で旋回しているとき、アマツバメが、マカダム工法の舗装道路に関するアン嬢の詩的な報告の上のほうに巣をつくりはじめた。コウモリが電信装置の発明についての彼女の観察をくもらせているかと思えば、キバタンの群れが、ワーズワースが最近『序曲』を書き直す際に彼女が与えた霊感(これは最上のグラスミア・ブルーで描かれた)の上方でねぐらにつき、下に集まった堆肥のなかには、小さな熱帯雨林が現れはじめた。そんなふうに肥沃な破滅みたいに腐敗していくなかで、なにもかもごたまぜになり、やがてそのすべてが、風がこびりつき蛆が這い回る臭い糞にいよいよ覆われていった。

 白と緑の糞が、ヨーロッパの創造性と、ヨーロッパの思想と、ヨーロッパの進歩の才に捧げられたそれらすべての銘にぶら下がって、鍾乳石のように日々長くなっていった。やがて床に積もった糞が、カストラートの聖歌隊の神々しい歌声のように上昇しはじめ、見事なヨーロッパのコーニスに入ってゆき、アウグスティヌス主義者の議論みたいに、魅力的なほど醜悪なヨーロッパのガーゴイルから糞が転がり出てくるのが見られるようになった。糞はヨーロッパの巨大な窓からベスビオ山のように噴火し、糞はヨーロッパの堂々たる扉から雄大なドナウ川のように流れ出し、ついには、司令官は糞がこびりついたヨーロッパのみじめなゴミをそっくり鳥糞石としてペルー人に売り、彼らはその支払いに、木箱数箱分の質の悪いピスコ――捕鯨船員のあいだで人気のある、甘ったるい粗野な酒――をあて、とうもろこしを育てるため、その石を自国に船で送らせた。

(リチャード・フラナガン、渡辺佐智江訳『グールド魚類画帖』白水社、p.199)

グールドが流刑されたタスマニアのサラ島を支配する「司令官」ーーその実、元は当人も流刑囚人で、身分詐称と数奇な偶然によってその地位を得たーーが誇大妄想に取り憑かれて建設した〈大麻雀館〉が、案の定、大英帝国本国からの客足などあるわけもなく急速に廃墟と化していった場面。汚辱と美、卑俗と高尚がそれぞれ振幅しながら比類ない仕方で結びついた描写はガルシア=マルケスをも想起させるが、ラテンアメリカ文学のマジックリアリスムが背景として持つ南米大陸の広大な領野とは異なり、帝国の「はけ口」であり、先住民アボリジニや逃亡奴隷などの棲む植民地のコンタクトゾーンであり、大洋に浮かぶ島嶼でもあるタスマニアという地域の風土が、描写の背後に確かに息づいているようにも感じられて、この作品の奥行きと強度をかたちづくっているように思った。

2/4(水)

 妻が再び腰を捻って病状が悪化し、これまで移動はふつうにできていたのが、一挙手一投足に相応の介助が必要な状態になってしまう。本人が一番つらいと思う。予想だにしなかった展開だが、永続するわけではないはずなので今は凌ぐしかない。『ワン・バトル・アフター・アナザー』を配信で観る。妻と私の出産から育児に至る過程も、ワン・バトル・アフター・アナザーという感じだ。

2/5(木)

 朝、目覚めると子が喀血してシーツに赤い染みが出来ていた。仰天して小児科へ行ったところ、目立って疑わしい症状はないため鼻血のような内出血が混ざったのではということで、念のため大病院への紹介状も書いてくれたが、基本的には経過観察で良いとのことで一安心だった。

 昼、昨夜から仕込んでおいた味玉でラーメン。夜、中華丼。フランシス=フォード・コッポラ『メガロポリス』を観る。老いた有名な映画監督が周囲の反対を押し切り私財を投げ合って作り上げ案の定文無しになった、という作品外部の事実がすでにそれ自体として一個の映画のようである。物語は現代アメリカを古代ローマの共和国の衰退に準えているが、同時にコッポラという個と現代アメリカ文化との間にも奇妙な共振が生じているように思われる。画面の中に描かれる文化的想像の爛熟と退廃が描き手自身のそれをも描き出してしまうような形で、この作品は時代が見た夢の歪んだ残像あるいは奇妙な廃墟となっている。あるいは半世紀後に文化史家がこの時代を分析する際に、一つの興味深い対象として浮かんでくるのではないだろうか。

2/6(金)

 期日前投票と妻の通院の付き添いで丸一日終わってしまった。妻は荷物が持てない状態になっていて、文字通りの「鞄持ち」である。屈めないので靴下を履くにも介助が必要で、跪いて傅いている。診察はなかなか重く、長期戦になりそうな予感。また来週も行かねばならない。

 昼は残り物の中華丼と麻婆豆腐を急いでかき混み、夜は餃子。餃子が少し足りなかったので、夜食にきなこトースト。きなこ餅用に買って大量に余ったきなこの消費のため、最近きなこトーストにはまっている。トーストに薄くバターを塗った後、山盛りのきなこを乗せ、その上からたっぷりとメープルシロップをかけると抜群に美味い。が、トーストを持ち上げる動作で山盛り乗せたきなこがすべて斜面から滑り落ち、たいていテーブルクロスが破茶滅茶に汚れてしまう。そしてメープルシロップの消費量がとんでもなく、奢侈品。

 通院は妻の状態もあってグリーン車に課金したが、その快適さと資本主義の論理に乗る度にため息をついてしまう。帰りの電車で読んでいた『読書の日記』で、友人の主催している映画鑑賞会に行ったときの次のような箇所が目に留まる。

集まった人で映画を見るよりも僕は集まって飲むような会合が定期的におこなわれていたらいいのになと思っている。映画を見ていても映画を見ているあいだは映画を見ているのでツッコミを入れたりくらいのことはあっても話をするということにはならない、僕はどうせなら人と話したい、多数の人の集まる場で人と話すことはいつまでたっても苦手だけどせっかくなら人と話したいと思った、定期的におこなわれていて「今日は行こうかな」みたいな飲み会みたいな、できたら宅飲みみたいな、そういう場所がほしい。だから映画を見るだけならば行くこともないような気にたぶんなっていった。(阿久津隆『読書の日記』NUMABOOKS、p. 242-243)

自身の経営するカフェでは集まっても話をせずに読書するような会合を主催しているにもかかわらず、こういうまるで正反対なことを感じたりもするわけのわからなさに、どうしようもなく「人間」が詰まっていると感じて思わず微笑んでしまった。