1/24(土)
このところ子は一時期と比べて夜はかなり長く連続で寝てくれるようになっている。
昼、チキンビリヤニ。夜、鮭と舞茸のバター醤油炒め、青梗菜・卵・きくらげの中華炒め、スンドゥブもどき。図らずも卓上が東アジア共同体になってしまった。
ピンチョンの『重力の虹』を引き続き読み進めている。ピンチョンについては英語のPynchonWikiというサイトが有名で、また『重力の虹』については日本語でも読書wikiを作成している人がいて、大変参考になる。日本語の解説本も借りてきて少し読んでいるが、非常に生真面目な感じで、「ピンチョンはなぜこれほど下品で卑猥なのか」という点がすっぽり抜け落ちているように感じる。学術の限界かもしれない。
孫引きだが、『スローラーナー』の序文に以下のようなピンチョン自身による創作上の姿勢に関する述懐があるらしい。
当時の私はまた、ヴィクトリア朝作家をよく読んでおり、そのおかげで私の想像力のなかで第一次世界大戦が魅惑的な厄介者といった様相を帯びるようになった。青年の心にとってすれば愛すべき、黙示的土壇場の様相を。
私はそのことを軽視するつもりはない。私たちに共通する悪夢であった核爆弾もそこに含まれているのだから。五九年の時点でも状況はまずかったし、今[一九八〇年代前半]ではもっと悪化している。危険のレベルがずっと増大してきたからだ。危険は決して潜在意識的なものではなかった。その当時も、今も。一九四五年以来続けざまに権力を享受してきた犯罪的な狂人たち、またその権力は問題を解決しようとする力も 含んでいたが、とにかくそういった人々を除けば、哀れな羊である私たちのほとんどの者は、単純で標準的恐れのなかでいつも動けずにいた。私たちは皆が、この無力感と恐れのゆっくりとした高まりを、私たちに可能な限られた手段で何とかしようと努力していたと思う。それについて考えないことや、頭がおかしくなってしまうという方法でだ。無力さが描き出す色列のスペクトルのなかに、フィクションを書く行為があった。ここで述べている作品[初期短編「秘密裏に」(一九六一)]のように、しばしばより色彩豊かな時と場所に舞台の中心を外してだが。
(永野良博『トマス・ピンチョン 帝国、戦争、システム、そして選びに与れぬ者の生』三修社、p. 2-3 より)
トランプのグリーンランド領有への野心により欧州との対立が深まっており、予断を許さない。冗談抜きに世界情勢は危険水域に入り込んできているように感じる。私たちもまた、「この無力感と恐れのゆっくりとした高まりを、私たちに可能な限られた手段で何とかしようと努力」しているのだろうか。ピンチョンが書いた作品を私たちが半世紀後に読むように、半世紀後に私たちの現在を振り返るとき、果たしてどのように映るだろうか。
1/25(日)
家事の間に荻上チキのSessionをPodcastで流していたら、AIデータセンターを話をしている。装置を冷却するために大量の水が必要だが、地域の水不足や水質汚染をもたらすためすでに社会問題化しているようだ。昔観たマイケル・ムーアの『華氏119』で、オバマがミシガン州で発生した水汚染をめぐって、当該地域の水質の安全性をアピールするためにコップの水に口をつける欺瞞に満ちたパフォーマンスをしたーーその実、飲むフリをしただけですぐに机の下にコップを隠したーーというエピソードが扱われていたのを想起した。オバマという基本的には教養あふれる人格高潔な人物がそのような欺瞞を働くところまで囲い込まれていくというところに、政治家という職業の怪物性を感じる。
それはさておき、AIデータセンターについてはラジオで耳で聞いただけで、それもジャーナリストの解説を通じてであって、その中身について具体的な手触りを得ることはできない。時々流れてくる、巨大なキューブのようなデータセンターの外観写真は見たことがあるが、実際には内部構造はどのようになっているのだろうか。ダムや原発のような従来的な発電所、あるいは石油化学コンビナートなどの重化学工業施設はその機能性と相関した特有の視覚的形態を持っているのに対して、データセンターはスパコンが整然とならんでいるだけの極めて均質で無個性な「箱」という印象で、それはちょうど生成AIという新たな最先端技術のブラックボックス性をそのまま象徴しているように思える。
ICEが再び一般市民を銃殺したとの報。
昼、ナポリタン。夜、オムライス。妻の圧迫骨折の報から二三日経って、当初は気が張り詰めていたが、遅れて疲労感がどっと出てくる。職場の他部署の先輩が出産祝いをくれる。親切な人というのはまだ存在するところには存在していて、世界の善性に触れるようである。
1/26(月)
昨夜も早めに寝て、ある程度睡眠は取れているはずだが、疲れがまるで抜けない。
子のはじめての予防接種。注射を計三本打たれギャン泣きだったが、一本目を右腕に打たれた後、二本目のために左手をまくられたときにもうすでに泣いていて、人間の学習能力を思った。
昼は残り物とレトルトカレー。夜はキーマカレー。献立のいい加減な日。
1/27(火)
ICEによる一般市民の殺害を経て、ミネアポリスでは巨大なプロテストが立ち上がり、オバマやクリントンなど元大統領が異例の声明を発表する事態になっているようだ。背景にはトランプがこれを機に非常事態宣言を発動して中間選挙をスキップしようと目論んでいるという推測も出ているが、果たしてどうか。
早朝、眠りのなかで「不正義がインクリメンタリズムの形を取るとき抗議運動は無力である」というペシミスティックな命題が頭を駆け巡っていた。現在のアメリカで抗議運動がこれほどまでに膨らみ、強権的な政権の方針を揺るがすまでの力を得ようとしているのは、無辜の市民ーー皮肉なことに、とりわけ白人のーー殺害という分かりやすい物語があり、文字通り「私たちの誰もが殺されうる」という認識が広がったからではないか。しかし逆に言えば、抗議運動が力を持つのは「私たち」の感覚の醸成と、憤りの発露という単純な行為とが結びつくときに限られるようにも思われる。茹でガエル理論ではないが、誰しもを深く揺すぶるような決定的な不正義が犯されるのではなく、特定のカテゴリの人々を標的とした不正義が徐々に隠微に積み重ねられていくとき、それらを逐一食い止めるだけの力をもった抗議を組織することは難しい。そして、そうこうしているうちにポイント・オブ・ノーリターンを超えてしまう恐れが、しかし徐々に現実の可能性として感じられるようになってきている。2020年代の現在の私たちの振る舞いが、ナチズムや大日本帝国下のマジョリティと同様に、後世の歴史家たちによって衆目に引きずり出され審判の対象となることも、あるいはありうるのではないかという危機意識。
歴史の審判が抵抗運動の英雄と唾棄すべきファシストとを振り分け、その他多くの沈黙を選んだ市井の人々をめぐって受動的服従を見るか内面の抵抗を見るかで逡巡するとき、しかし判断は個々人の倫理的な競争に焦点を絞ることで、構造的に大多数は受動的服従/内面の抵抗のあわいに水路づけられていかざるをえないということを見落としてしまうようにも思う。重要なのは個人の倫理的潔白を証明することではなく、ファシズムへの防波堤が機能するかなのであって、しかしこの点について昨今、かなり悲観的になっている。政治理論はそれでも悲観に終始せず抵抗する政治的責任を呼びかけるだろうが、そのような一般論に終始した政治参加への責任への呼びかけと、抗議運動の機能に関するシニカルにも映る社会学的な分析の乖離を埋めるピースは、果たしてどこに転がっているだろうか。
それから衆院選で、チームみらいの社会保険料減額の主張が流れてくる。社会保険料の現役世代への負担の肥大は確かに事実ではあり、現に私自身もその影響をもろに被っているのだが、排外主義の吹き荒れる現今の政治状況において、開成→東大工学部→コンサルというエリートコースを辿った資産数億の若手政治家ーーすでにその人権意識の欠落がしばしば指摘されるーーによってこれが主張される状況には薄ら寒さを覚える。社会保険料負担を減額するためには、どこかに負担を移転するか、社会保険給付を減額するほかなく、そのために具体的に挙げられるのは、チームみらいのマニフェストによれば医療費の一律三割負担化や非居住外国人への課税だが、究極的にはその結果としてもたらされるのは、福祉国家が保障する人権水準の低下であり、様々な病弱者への事実上の死刑宣告でさえあるだろう。そのような残酷さがテクノクラート的なスマートさの外観の裏に巧妙に覆い隠されていることがもっと言われるべきと思う。このことはむろんチームみらいだけでなく自民党も同様であり、現に降って湧いた高額療養費制度改革はまさに現役世代の労働者への死刑宣告として機能しうるだろうが、さして国民的議論に発展することなくぬるっと通されていく模様である。
社会保険料負担の問題は、根本的には人口減少局面における歪な人口ピラミッドに由来するものであり、世代間不平等の問題ではあるのだが、それは福祉国家の決定的な破綻を果たして意味するものなのか。たしかに福祉国家には進歩と経済成長という明るい夢とセットで形成されてきたという歴史があり、人口減少と衰退という局面でどこまで維持しうるのかという問いは未知の領域に入り込んでいく。それゆえに慎重に議論されるべきなのだが、現在の政治情勢ではそういう難しい議論はすっ飛ばして、単に「現役世代の負担が嫌だ」という論拠をもとに、巧妙に他者を死へと追いやるような冷酷さが蔓延しているのではないか。
読書は『重力の虹』にスタックされて幅が失われている。昼は肉そばとトマトの塩昆布和え。夜は石狩鍋。納豆を生まれて初めて食べられるようになる。食べてみればどうということはなく、努力によってではなく時の経過によってできなかったことができるようになったもう一つの経験として、自転車が乗れるようになったときのことを思い出した。
1/28(水)
エルンスト・ユンガー『パリ日記』を読み進める。徐々にユンガーに関心が出てきて、適当に二次文献をザッピングしていた。ネット上で読める博論として、野上俊彦『エルンスト・ユンガーの対抗近代主義 ─ その内容と展開』が勉強になりそう。
ユンガーは第一次大戦での従軍経験をもとに『鋼鉄の嵐の中で』や『内的体験としての戦争』を著し、戦争をロマン化・美学化した右派の思想家として知られるが、ナチズムとは一線を画した結果、戦後は断罪を免れ、非政治的な文学者としての側面が前景化していったらしい。『パリ日記』は、ゲシュタポの家宅捜索を受けるなど本国で立場を危うくしていたユンガーが国防軍に復帰した後、参謀本部のシュパイデル大佐の後ろ盾でパリ参謀本部に転属していた1941年2月16日から中断を挟んで44年8月13日の間に書かれたという。パリ駐留期の生活は優雅だったようで、軍務の傍らでパリの作家や文化人たちと交際しており、その様子が日記には綴られている。訳者あとがきでは、この時期のパリでの交友に、ユンガーが好戦的な民族主義者からヒューマニストへと転身していく契機を見ている。個人的には、本国のナチ体制がホロコーストを含めて不正義を極めるなか、批判的距離を取りつつも自身の身の振り方について難しい局面に立たされていたユンガーが、どのように事態を見つめ、どのように生きようとしていたかが気になっている。
日記にはヒトラーについての言及も散見されるが、本名の代わりに「クニエボロ“Kniébolo”」という隠語が用いられている。ちなみにChatGPTに由来を聞いたら、
明確な語源は断定されていません。研究者のあいだでは
・ラブレー的なグロテスクで滑稽な響き
・フランス語風の異化(占領下パリで書かれた日記という文脈) を狙った造語だと考えられています
少なくとも、
・「Knie(膝)」+「bolo」などと意味分解できる語ではなく
・侮蔑・距離化・匿名化を同時に満たすためのコードネーム
という点はほぼ一致しています。
と返してきたが、その後検索したら、「ドイツ語の跪くknienと悪魔Diabloの合成語」としている記事が複数出てきて、あいかわらず信用ならない。それはさておき、次のような一節が印象に残る。
パリ、一九四三年四月十六日
朝方、クニエボロについて意味深長な夢を見る。私の生家での出来事と絡み合ったものであった。彼が、その理由は分からないのだが、そこに来ることになっていた。私が彼と会わないように遠くの場所に行っている間に、さまざまな事前の措置が講じられた。私が再びそこに行ったとき、彼はすでにそこに来ていた。私はこの訪問についていろいろなことを聞いたが、その中に何と私の父が彼を抱擁したと言うのがあった。目が覚めたときも、私にはこの状況が気になった。私はベノ・ツィーグラーが報告していた不吉な幻想を思い出した。
このごろのおぞましい出来事について話し合っているとき、しばしばこんな疑問が浮かび上がる、これまで見たこともなく、想像すらできなかったような虐待者、殺戮者のような悪魔的な力はどこから来るのか、と。しかし彼らは今、現実が証明しているように、潜在的に存在しているのである。新しいのはそれが目に見えるようになったこと、おおっぴらになったことで、人間を傷つけることが彼らに許されたのである。こうしたおおっぴらになったことにわれわれの共通の罪がある。われわれは結びつきを断念することで、同時に隠れたものを解き放つ。災いが個人としてもわれわれを捕らえるとしても、嘆いてはならない。
(山本尤訳『パリ日記』月曜社、p.214-215)
夢のなかでヒトラーがユンガー家を訪れ、ユンガーの実父と抱擁を交わしたことの意味はどのように考えればよいか。「ベノ・ツィーグラーが報告していた不吉な幻想」の中身は確かめていないし、ユンガーと実父との関係にも詳しくないのだが、実父に裏切られたということでもあるかもしれない。あるいは実父とヒトラーの間に交換関係が成り立ち、第三帝国の父たるヒトラーがユンガーにとっても父の審級を占めたということでもあると解釈するのは穿ち過ぎだろうか。ヒトラーは1889年生まれ、ユンガーは1895年生まれで6歳しか離れていないのだが、ユンガーにとってヒトラーはあるいは父殺しを考えるべき悪魔的な父であったのか。本国に君臨する悪魔的な父がユダヤ人らに対して「これまで見たこともなく、想像すらできなかったような虐待者、殺戮者のような悪魔的な力」を振るうなか、「こうしたおおっぴらになったことにわれわれの共通の罪がある」と綴り、しかし具体的な行動を組織することの困難にあって、「われわれは結びつきを断念することで、同時に隠れたものを解き放つ。災いが個人としてもわれわれを捕らえるとしても、嘆いてはならない。」と書くことの苦渋。
昼、残り物の処理。夜、豚肉のにんにく醤油炒め、じゃがいもとベーコンの煮転がし、レタスサラダ、納豆。納豆があるとご飯を食べすぎてしまうため、トータルでは逆に不健康な気がする。夕食後は、皿洗い、子の沐浴、自分たちの入浴、ミルクづくりと怒涛のルーティンなのだが、ミルクをつくるためにケトルで湯を沸かし、沸いた湯を取ろうとケトルに手を伸ばした瞬間、横に置いてある炊飯器の釜を洗い忘れていたことに気づいてシンクに移す、という一連の動作の流れが完璧に昨日と同じで、眩暈の感覚に襲われた。永劫回帰とは何のことはない、家事のことなのだった。その地獄めいた反復に亀裂を入れるのは子の成長で、妻が指で頬を押すと笑うようになりとてもかわかったが、私が同じようにするとよくできたコントのように大いに泣かれた。
1/29(木)
『重力の虹』の終わりが見えてきたが気が進まず、唐突に『ゲーム・オブ・スローンズ』を観る。10年ぐらい前に留学先の友人から勧められてS1を観たが好きになれず、その友人に「お前達ヨーロッパ人はなんて野蛮なんだ」などと冗談交じりに毒づいた記憶があるが、さすがに年月を経て耐性がついたのか、かつてよりは楽しめないこともない。当時、何が気に入らなかったかと言えば映像の生々しい立体性で、中世ヨーロッパをベースとした世界観のなかで展開されるドラマは、とにかく血と汚物と体液の饐えた匂いが漂ってきそうな野蛮な質感に満ちあふれている。一方、日本で描かれたファンタジーは同じ中世ヨーロッパを描いていても徹底的に脱臭され、肉体の立体性はアニメあるいはドット絵のペラペラの平面に還元されている。ザ・フラットカルチャー。
その印象はいまでも違わないのだが、今回感じたのは、『ゲーム・オブ・スローンズ』がファンタジーではなく「時代劇」であるということである。かつて大陸に君臨していた統一王権が瓦解し、各地に封建領主のような諸家が乱立しつつ王を僭称している状況で、舞台はとかく密約や政略結婚、暗殺などの権謀術数に満ち溢れている。決まった主人公がいるというわけでもなく群像劇として進むその物語は、「勇者が仲間を集めながら剣と魔法で大冒険を繰り広げ、やがて世界の謎の解明とラスボスの打倒に至る」というファンタジー的なカタルシスの構図とは無縁である。途中、視聴者が感情移入しやすい良心的な登場人物なども出てくるのだが、大抵は因習に絡め取られ、あるいは暴君や悪漢たちの理不尽な暴力や裏切りに晒され、逃げ場がない。その不正義と抑圧の感覚はまさしく法の支配と人権の理念の欠落した野蛮な前近代のものでーーといっても、歴史学的にはそのような暗い時代としての中世という歴史観は多分に誤っているのかもしれないが、それはそれとしてーー、日本で言えば戦国時代の大名たちの戦を見ているようで鬱々としてくる。しかし「男は強くなければならない」とか、「女は子を生まねばならない」とか、そういうリベラルな近代国家がそれと闘い克服し(ようとし)てきたような要素が目白押しであり、そうした要素がこれ見よがしに陳列されている作品が熱狂的に(かどうかは知らないが)受容されていたというのは、リベラルな理念や建前を一枚めくった裏側に人々の野蛮な欲望の古層のようなものがあり、フィクションとしてそれを昇華する装置が必要であると言われているようでやはりどこか気に食わない。
昼、卵とじゃがいものビリヤニ。夜、麻婆豆腐とトマトサラダ。うちの麻婆豆腐はイナダシュンスケのミニマル麻婆の影響で醤油・紹興酒・豆板醤だけをベースにしたものに独自進化してしまったのだが、久々にちゃんと甜麺醤を入れてオーソドックスなものをつくったらちゃんと美味しかった。豆鼓はなかったがそれでも十分。買い物のついでに図書館に足を伸ばし、阿久津隆『読書の日記』、リチャード・ブローディガン『アメリカの鱒釣り』、レベッカ・ソルニット『ウォークス』を借りてきた。深夜、『重力の虹』をとうとう読み終えたが、大部分、かなり雑に読み飛ばしてしまった。
1/30(金)
夜中から子のお漏らしと覚醒でてんやわんや。おむつのサイズがあわなくなってきたのが原因のようで、成長の証ではあるのだが、先に一回り大きなサイズを買っておかなかったという一つの対応の遅れが連鎖的に波及して親子ともに数時間の睡眠を奪われるという大きな痛手に繋がるのは、物事の本質という気もする。
朝、妻の受診。非常に稀な症例のようで、さらに別の大学病院を紹介されて受診することに。治療方針もまだ立たない状況なので、見通しだけでも早く欲しい。
ユンガーの『パリ日記』について、『ドイツ研究』に載った田野大輔の書評を見つける。(https://jgd2.sakura.ne.jp/hp/wp-content/uploads/2024/08/DS_47_400_238-242_田野_01.pdf)
それから、フォルカー・シュレンドルフ『パリよ、永遠に』を観る。連合軍のパリ来襲が秒読みになった1944年8月24〜25日の未明に、ドイツの占領軍によるパリ爆破計画を阻止すべくパリ育ちのスウェーデンの総領事が必死に説得を試みるというプロットで、会話劇としてもスリリング。ユンガーは一足先にパリを後にしていたわけだが、爆破計画についてはまったく知らされていなかったのか、あるいは何かしら知りえていたのか。
昨晩から読み始めた阿久津隆『読書の日記』が抜群に面白い。ユンガーのような遠い歴史上の人物の日記とは異なり、同じ現代日本を生きている人の日記ということで、やはり感じるリアリティが違うらしい。他者の日記を読むことの快楽には、他者の生活を覗き見ることへのどこか後ろめたい窃視症的な欲望があり、それはたとえば乱歩の『屋根裏の散歩者たち』がいち早く掴んだような、大都市における匿名的な生に相関して成立してきた近代的な欲望だなどとも言われるが、よく考えてみると「窃視症」という表現は必ずしも他者の日記を読むことの快楽の質を十全に捉えたものとは言えず、もう少し分解して考えられそうな気もする。例えば次のような一節。
10月11日(火)
みじめなきもちになっている。 昼労働がやたら暇で(最近波が激しすぎる)、マジで暇だなと思ってパソコンの前でぼーっとしていたら三名さんが入ってこられて「神」とか思いながらちょうどソファの席はお二人さんが座られていたのでカウンターを案内したところ「横並びかあ」という声が上がって「また来ます」と言って帰っていかれて、無念すぎると思って、なんで横並びじゃ不満なんだよ、なんでこれだけガラガラなのによりによってソファだけ人気を博してるんだよ等々、貧しい自分勝手なことを思っていたらそういう貧しい自分勝手なことを思う自分の貧しさ自分勝手さなさけなさにものすごくみじめな気持ちになった。なっている。
映画を見ようと思ったら直前に見る気がなくなったため書店に行った。有楽町の三省堂書店で初めて入った。雨宮まみに続いて何かエッセイが読みたい気がしていたが読みたいものがなにかわからなくなり、それで速水健朗『東京どこに住む?住所格差と人生格差』と『デジタルで変わるマーケティング基礎』を買った。前者は数日前に著者のインタビュー記事かなにかを読んで「東京」と思ったためで、後者はふと目に入って「マーケティング」と思ったため。
雨宮まみの他の本がないか調べようと思って検索の機械のところで順番待ちをしていたところ、検索をしているスーツ姿の女性がキョロキョロしていてそれから僕を向いて「お詳しいですか?印刷したいんですけど。読まなければいけない本なんですけど在庫がないみたいで。データベースを印刷しておきたくて」とわりと慌てたような口調で言ってきたので「詳しいってことはないですけど印刷くらいなら」と返して印刷ボタンを押そうとしたところ店員の方が通り掛かったので女性は改めてそちらに話を振った。いくらか話した末に彼女たちはサービスカウンターのところに向かっていった。わりと急ぎで読まなければいけないみたいなのだけど在庫がなく、取り寄せて店舗で受け取る、ということにしたらしいその本の検索画面を見ると大きな文字で「ナジャ」と書いてあって、アンドレ・ブルトンの『ナジャ』を読まないといけないことになってAmazonだったら翌日には手に入れられそうだけど取り寄せでよくて仕事をチャキチャキやりそうな雰囲気を持っている同年輩くらいの女性で、という全部の要素が噛み合わなくて愉快だった。僕が会計しているときにも横のサービスカウンターで取り寄せの手続きをまだしていて、僕はAmazonだったら翌日に手に入ることを伝えることとどんな経緯でそれを読む必要が生じたのか聞くことがしたくてタイミングが合ったら声を掛けようと思ったが特にタイミングは合わなかったのでそのビルにあった献血センターに行って一二年ぶりに献血をした。もしタイミングが合ったとしても歩く調子がすごく速い可能性があるので僕では追いつけなかったかもしれなかった。
それでなぜか献血をした。時間がぽっかり空いたのと、献血の呼び込みを見かけ、本でも読みながら献血でもしようと思ったらしかった。
(阿久津隆『読書の日記』NUMA BOOKS、p.26-28)
著者の独特のフランクさとドライブの効いた文体も魅力だが、それ以上に私自身は、様々な想念に去来されながら大小の選択をしていく人間の生活が活写されているところに惹かれる。「映画を見ようと思ったら直前に見る気がなくなったため書店に行った」は自分でもやってしまうし、かといってその後に献血に向かうという選択肢は私の生活にはこれまで存在してこなかった。自分とは異なる頭脳と身体を持った人間が、自分とは全然違ったり、逆にわりと似ていたりする思考を経て行動していく様を目撃することの面白さ。それは例えばリアリティー・ショウのようにあくまでその人物を外側から窃視するのとは異なっている。そこに含まれている快はありていに言えば「隣の芝が青い」現象というか、面白そうにしている人たちに混じりたいという原初的な欲望かもしれないし、あるいは修学旅行の夜、ふだん馬鹿話しかしていない級友の口から周囲や世界についての鋭い観察と思考が語られ、「ああ、この人も日々色々なことを感じ、考えながら生きているのだな」という当たり前の事実を素朴に発見する瞬間の瑞々しさに似ているかもしれない。この日記には、その時々に感じたことが、ふつうはその時感じただけですぐに忘れてしまうような些細な物事についても掬い上げるように綴られていて、例えば上記の引用の冒頭のみじめな気持ちになっていく心情の機微などは、カフェのオーナーという文脈を捨象すれば自分にも多かれ少なかれ思い当たるもので、しかしそれらはふだん取るに足りない些事として忘れ去り、まして他者に語ったりすることなどなく、結果として些事の積み重ねからできている人生から些事を忘却してしまえば、自分の人生は空白であったということになってしまう。しかし日記はそのような力学に抗して些事を掬い上げる。
昼、菜の花としらす、ミニトマトのオイルベースパスタ。夜、ギフトでいただいたDean &Delucaのピザアソート。想像通りの小洒落た味がした。