死にたいという言葉はすごくセンシティブな言葉だと思うし、実際そうだと思う。
初めてそう思った時はいつか、しっかりと覚えていないが、ぼんやりとは覚えている。先にこの記事の結論を言うと、自分のことを過信する性格がいけないんだと思う。現在進行形で。
小学生、中学生、高校生とテストというものが怖かった。成績が特別悪かったわけではないのだが、点数が自分の価値のような気がして本当に怖かった。ちょっとでも悪い点数をとったり、追試になったりすると(心の中で)ひどく落ち込んでいた。落ち込んでいたというより、恥ずかしかったという表現の方が正しいかもしれない。思春期あるあるの自意識過剰というやつも手伝って、毎回毎回テストの点数におびえる学生生活を過ごした。当時のわたしに「誰もわたしのテストの結果なんて気にしていないよ」と言ってあげたい。
中学生のある時から、テスト週間のたびに勉強しながらひとりで涙を流すようになった。テストが自分の運命を決める受験期は特に地獄だった。泣きすぎて勉強できないくらい泣いていた。泣くとさらに絶望的な気持ちになり、もう死にたいと独り言を言いながらぼーっとしていた。これが死にたいと思ったはじめての記憶だ。
なんやかんやで進学校に受かった。部活が楽しかったので、部活に明け暮れた高校時代だった。しかし、相変わらずテスト週間のたびに泣いていた。今思うと誰かに相談すればよかったのだが、なぜかひとりで抱え込んでいた。そして、再び訪れた受験期のある日、授業中にふっと体の力が抜けて倒れた。その日から1か月ほど微熱が続き、学校に行けず、かといってストレスのもとの勉強もできず、ひたすらベッドの中でNON STYLEの漫才をみていた。たまに学校に行けても、席に座って5分で倒れて保健室行きになる日々を過ごした。
担任の先生が、勉強へのストレスが原因だと見抜き、「もう勉強しちゃだめ」と言ってくれた。わたしは推薦を使って大学へ行くことにした。
周り友人たちの受験が終わるとわたしも元気になった気がした。しかし、大学がはじまるとすぐに調子を崩し、心療内科へ行くことにした。「うつ病ですね」と言われた。そして、うつ病と診断された一年後には、双極性障害と診断が変わった。
うつ病と診断された頃は、本当に感情がなくてずっと能面のような顔をしていた。自覚もあった。(最近、高校時代の友人に久しぶりに会って、今の状態を説明したら「高校3年生の時も真顔の時が多かったよ、みんな驚いてるっぽいけど、双極性障害って言われてもわたしは全然驚かない」と言われた。なんとなく当時の自分が救われた気がした。)
発症には色々な要因がある病気だが、わたしの場合、変なプライドが発症原因のひとつだと思う。テストの結果に「君はダメな人だ」と言われている気分になっていたことからも、わたしは自分に対して過度の期待しているんだなと思う。そして、周りの人に対しても、自分はできますよと思われたいんだと思う。一番大切にしなければならない自分という存在に対して、負荷をかけすぎてしまうので、あまりよくない考え方だと思う。
身の丈にあった生活がしたいし、身の丈にあった考え方がしたい。そして、死にたいという気持ちとうまく付き合っていきたい。死にたいとは思うけど、本心はまだ死にたくない。