「リダイヤル」(赤青ツアー2021 東京・配信)
前奏まで
雨音が響くなか、画面が引いていく。正面奥にある菱形の背景には、厚い雲が映し出されている。色調は濃緑に見えるが下方にはやや明るい緑の光もある。舞台の一番奥、曇天のすぐ下に嘉代子さんが立っていて、肩に掛けたギターを静かにスタンドに置く。
雷鳴がして、白くて眩しい稲光が明滅する。同時に、赤と青の細い光が一筋ずつ、天から差し込む。雷鳴が止むと、嘉代子さんが舞台奥から階段を降りてきて、手前の丸い電話台に置かれた、赤い電話機のもとに歩み寄る。電話機の周りには白いスポットライトが差している。嘉代子さんは、左手で受話器を手に取り、右手に持ち替えて耳に当てる。左手で慎重にダイヤルを押すと、大きなダイヤル音が会場に響く。ダイヤルの最中は青(と赤)の薄暗い光が嘉代子さんを包み込み、顔には陰ができて表情が見えない。直後、再び雷鳴がして、白い雷光と赤青の光の点滅の中で嘉代子さんは驚いたように正面を見つめる。再び手元に目を移すと、呼び出し音が鳴り、イントロのコーラスが流れ始める。
「いつでも寂しいときは 電話を掛けてと」
「あなたは優しくそう言ったでしょう」
白くて光沢のある衣装がきらきらと、赤い照明を反射している。
その赤い光は髪や顔も赤く染める(「から、ね」まで)。
微かに体を揺らしながら、うつむき加減に、つぶやくように歌う。
「いつでも会いたいときは電話を掛けてと」
「あなたは確かにそう言ったでしょう」
上手と下手の両側の壁に、照明で丸い幾何学模様が映る。4つの三日月型が組み合わさって円になったり離れたりする。
「レースカバーに黄昏が染みても」
「恋の歌くちずさみ帰りを待っている から、ね」
電話機の上に置かれた左手は、ときどき受話器に伸びる(ぐるぐるの)コードに触れたり、歌に合わせてこぶしを握ったりする。
「リダイヤル リダイヤル ……」
「羊を数えるように コール音を聞いていた」
「真夜中のリダイヤル」
照明は赤色から、黄色が強い色になる。夕日のような、尾を引く光。
「真夜中のリダイヤル」の時には完全に黄色に変わった照明に包まれる。
間奏
歌い終わると、手に持った赤い受話器をゆっくり見つめ、それから受話器を胸にそっと抱く。画面奥には壁の幾何学模様。伊澤さんがピアノを弾いているところが映る。
「いつでも二人でいれば幸せだったのに」
「あなたはどうしてここにいない」
嘉代子さんは、ダイヤルを前に向けた赤い電話機を左手で抱え、受話器を耳に当てて歌い出す。電話台のある舞台中央の枠から歩み出て、歌いながら前方に向かって歩いていく。小首を傾げ、覗き込むように身をかがめて「あなたはどうしてここにいない」。背後からは赤と青のライトが差して、舞台上は青みがかって見える。床にはいくつもの渦巻き模様。
嘉代子さんは白いスポットライトを受けて、純白に浮かび上がる。
(写真は公式レポ(https://spice.eplus.jp/articles/285032)より)
「向かい合わせの食卓に並んだ」
「チェリーパイに突き刺すナイフが煌めいて つい、ね」
「向かい合わせの」で勢いをつけて振り向くと、歌の調子を強める。
「チェリーパイに突き刺す〜」、後方から赤い光が差し込んで、よろめくように歩く嘉代子さんの背中が真っ赤に染まっているところが映る。「つい、ね」。急に、甘くねだるような顔。
「リダイヤル リダイヤル ……」
「羊を数えるように コール音を聞いていた」
「毎晩のリダイヤル」
「リダイヤル リダイヤル ……」
リダイヤルのリフレイン。頭をゆらゆら揺らし、落ち着かないように動き回る。まったく現実を認識していないような顔でうっとりと歌う嘉代子さんは、狂気に満ちている。
曲が終わって音が途切れると、背後から黄色い光に照らされながら、陰が覆った顔で虚ろに正面を見据える。無感情に見開かれる目。ゆっくりと視線を下ろすと、受話器をガシャンと置く。暗転、拍手。
(あわい 2021年3月31日、記す)