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【novel首塚】星を目指せば/29.手触り

awawai
·
公開:2025/11/29

工匠と弟子たちの働きがあって、寺院は程なくして完成した。屋根下の木組みは隙間なく噛み合い、柱には一本造りの擬宝珠が施され、明星院に倣った象の飾り彫りなどが美しい。天竺の影響を受けており、かつ神仏が同一視されているから、龍や雲などの表象ではなく、象なのだ。石垣によって区画が囲われ、正門の奥に本堂が見える。本堂には、仏師が木曽檜を彫刻して作った虚空蔵菩薩が本尊として安置されている。明星によると自身が記憶を失くして陰界を彷徨った経験を経て、今後同様の道を辿る者のためにも、記憶力を司る虚空蔵菩薩にこの地一帯を見守って頂くことにしたという。庭には小さな池が作られ、松の木が植えられた。落慶式にあたる儀式(プラティシュター)のためにも、曼荼羅が必要である。寺院建築にしろ、曼荼羅の制作にしろ、明星には何一つ手出しすることができない。図案の作成には明星も加わったものの、実作業はすべて、阿闍梨とその弟子たちが行った。

阿闍梨は明星の心を読み取ったかのように微笑み、跪いてこう告げた。

……ここはおぬしの観想によって形作られた世界じゃ。おぬしは、まだ首だけであるのを見るに、身体の自由を己に許しておらぬようだが、思念に従えば不可能なことなどない。今からこの儂の手を、おぬしの手と考えるがよい。この儂の足を、おぬしの足と考えるがよい。手に砂を握る感触が、地に足つけて踏む感触が伝わるであろう。

そして、何やら口の中で唱えたかと思うと、明星の額に指先で触れた。その指先の感覚が、明星の意識と繋がったのである。明星は思わず声を上げた。

……阿闍梨、これは……。

……儂がおぬしの手足となる、と言うたであろう。

阿闍梨は立ち上がり、弟子たちとともに曼荼羅の制作に入った。明星が真の曼荼羅と定義するのは、彩色をもった顔料などでできた砂を落として描く砂曼荼羅であった。使う色彩は、白、黄、赤、緑、青の五色である。明星が知った限りでは、理想的な顔料の素材として、月長石、水晶、瑠璃、真珠、珊瑚などの高価な鉱石が挙げられる。その昔ツヒネが扱った鉱物のなかにはそれらもあったが、今ここでは現実的に利用可能な素材で代用する他ない。すなわち、骨だとか穀物だとかを砕いて五色の砂にするのだ。

……情けないのう。このようなこともあろうかと採掘を生業にしておったというのに。人を集めるのに手一杯で、顔料の準備まで手が回らなんだわ。

珍しく自責の言葉を口にする阿闍梨に、明星はやや呆れながらこう返した。

……枉(ま)げてご承知頂きたいのは、あなたさまの気まぐれがこのような混沌の事態を招いたことに変わりなき事実(こと)でございますが、今となっては、この陰界に光をもたらすため手助けしてくださるだけで充分にありがたき倖せです。

明星は目礼すると、弟子たちに作業を指示し始める。対して阿闍梨たちは、まず地面に基本線を描くことにした。予め地面に杭を立てて、日の出と日没の影の方向から東西の方位を定め、基本となる八方位をもとに円を描いてある。阿闍梨と弟子が糸を両端から持つ墨打ちと呼ばれる方法で、円の中を垂直に交わる梵線や対角線、実際の曼荼羅の区画となる円や、側面線などを引いてゆく。糸を地面に当てて指ではじく要領である。

基本線を描くと、曼荼羅の基本的な区画が設定され、次に内陣の構造物たる楼閣を細分化していく。楼閣の様子は帝王の住む宮殿のように、当時の天竺の人びとの富や財力の象徴が強く反映され、華美に装飾される。光焔、宝、宝石、傘蓋と瓔珞、幟や旗、賢瓶と呼ばれる宝の瓶から伸びた如意樹、如意樹に飾られた七宝。おびただしい装飾とともに、蓮弁と、成就者(超自然的な聖者)や神々が浮遊するさまが描かれ、曼荼羅が埋められていく。

曼荼羅で特徴的なのは、円と井桁を組み合わせた形、天竺の王権の象徴である車輪、そして蓮華である。周知の通り、蓮華は豊穣や多産の象徴として古くから好まれた。曼荼羅では蓮華は宇宙全体を示す。阿闍梨は楼閣の内部に八弁の蓮華を描き、花芯に曼荼羅の中尊を置き、四方と四隅の花弁にも菩薩や女尊などを配した。これだけ描くのに何日もかかっている。

彩色にもとてつもない時間と手間がかかる。何に対して何色で彩色するかはおおむね定められており、たとえば楼閣の外壁の宝石は赤、青く塗るところは虚空、すなわち何もないことを示し、これを“闇”と呼ぶ。外壁の側面を獅子や象、宝物などで飾るが、そうした細部は“適宜美しく描け”という規定に留まり、阿闍梨の美的感覚や手腕の見せどころになる。

曼荼羅の外周部はたった三重の円で囲まれているにすぎないが、この内部には宇宙全体を想像させるに足るものが詰め込まれている。明星は曼荼羅を見つめながら、尊格が放射状に描かれてゆくその順番に合わせて諸尊を観想し、中尊と同体になって、自分自身から神々が生まれてゆくのを、また同時に、阿闍梨が握る糸や砂の手触りを感じていた。


〈参考文献〉

『マンダラの密教儀礼』森雅秀,ちくま文芸文庫,2025

@awawai
趣味で小説を書きます。 lit.link/prmtlbrtori