【novel首塚】星を目指せば/11.秘薬

awawai
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公開:2025/11/11

……常人には壺にしか見えぬ首か。気に入りました。

そう言った女の紅の唇を、星首は見た。

行き着いた先は荒れ果てた廟だった。袋から取り出されて初めて不届き千万な盗人を見上げた星首は、心当たりのある顔にはっとした。病人から鬼を払った二人組の女と男が、星首を盗み出したのだった。

彼らの正体は占師などではなく、大陸から伝えられた法術を操る道士だという。見れば彼らは旅装束を解き、道袍を纏い、冠巾を被り、雲履を履いていた。瞑想によって内観の世界と現実を行き来し、真の金華がひらけてくる体験と、金剛の身体を得る法を模索する者たちだ。彼らの祖である呂洞賓は仙人として民衆から広く信仰を集めた。得道すれば不老不死の肉体を得られるという者も居る。

……かような道士さまたちが、この私にいったい何のご用でしょうか。

星首が尋ねると女はしばらく思案するように黙り込み、やがてこう語った。

……我々はこれまで、あなたのように首だけになった者のうち、魂が“空っぽ”になった何人かに出会いました。我々はその「空」に、得道に至る額の光を見た気がしました。そこで、あなたがた星首について調べ始めたのです。星首は引き裂かれた時空間の断面そのもの。よって、断裂に巻き込まれたあなたがた星首は、正常な時間の流れから切り離されています。

確認するように、一度そこで言葉を区切った。

……身体がなくともあなたは生きている。あなたの身体は今どこで何を? 失われた身体と首が、目に見えぬ空間でまだ繋がれているからこそ死は訪れず、かといって俗世に生きているとも言えず、我々よりも悟りに近い場所に居る、それがあなたという存在ではないでしょうか。ただしあなたは、あまりにも流浪の時が長すぎたためか、その壺の身に水のような重たいものが溜まっているようですね。我々の目指す欲心のない状態、“空っぽ”とは言えない。でもその状態にも一定の興味があります。あなたを攫ったのは、他ならぬ研究のためですよ。

道士たちは星首についてより研究し、到達者となるための秘薬を作ることが目的だと語った。道士たちのまなざしを見ていると、ことによっては怪しげな儀式の贄にされるかもしれない、と星首は無い背筋に怖気が走るような心持ちがした。


〈参考文献〉

『中国の信仰世界と道教 神・仏・仙人』二階堂善弘,吉川弘文館,2024

『黄金の華の秘密』C.G.ユング,R.ヴィルヘルム著/湯浅泰雄,定方昭夫訳,人文書院,1980

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