閑話休題。星首には首から下がなく、記憶を無くしているため文字を解さない。よってここでは、星首に代わって私が思いの巡るままに筆を走らせる。私には筆を握る手があるのだ。筆と言っても現代ではペンを手に取る機会すら減っているがね。私の名は語るほどのものじゃないが、正体不明では収まりが悪いから、与田惣とでも名乗っておこう。現代に生きる首集めの怪の末席とでも言えばおもしろいかもしれない。でたらめのように聞こえるだろうが、事実私はでたらめを話すのが好きだ。どうせ私の出番はこれきりなのだから、読者の諸兄姉もそんなものかと適当に構えてお読み頂きたい。
さて、首にまつわる話をする。平安時代の首の伝説といえば、都の七条河原の晒し首が夜な夜な叫び声を上げたというのは有名な話である。延喜三年生まれ、平家一族の抗争に端を発して東国独立を標榜したため、朱雀天皇の朝敵とみなされ討伐された、かの平将門公のことだ。怨霊としての恐ろしげな性格が語り継がれるが、在りし日の彼は、なまじ武勇の才があるだけに、助けを求められたら放っておけぬ情に厚い人柄であったという。朝廷に対する謀反もそのようなお人好しの行動がきっかけで、引っ込みがつかなくなった末のこととも言われている。この将門公、乱を起こして命が絶たれると、いったんは現世を離れて冥界までやってきたのだが、未練と怒りを断ち切れず引き返していった。晒し首は空を飛んで、東国を目指した。故郷が恋しかったとも、再び東国独立を図ろうとしたともいわれる。
この異変を知り、再び乱の起こることを危惧して祈祷を捧げたのが、美濃国南宮大社である。神社に座す隼人神は矢をつがえて、飛んでいく将門公の首を射落とした。将門公、このような縁もゆかりもない土地に縛られることを強く拒んだ。一度でいいから故郷へ帰してくれと隼人神に頼むと、隼人神はあわれんで、神矢に射られたからには貴殿の魂をここでお慰めすることを土地の人びとも望んでいようから、代わりに将門公の墓所を都ではなく東国に作らせようと約束した。そして、この首が落ちた荒尾の地に、将門公の怒りを鎮めるため彼を神として崇める神社が創建された。それが現在の御首神社である。
以来、御首神社は首から上の病や災難に対して御利益があるとして信仰を集めてきた。私も首にまつわる奇譚を耳にして、一度どんなものかと御首神社に足を運んだものの、鳥居をくぐってもくぐっても社に辿り着けないのでこれは嫌われたものだと思ってすごすごと帰ってきた次第だ。
それではそろそろ、将門公と近い時代に首から下をなくしてしまった星首の話に戻ろう。現世とは異なる時空である陰界では、将門公の首もまた妄執を断ち切ることができぬまま彷徨っているのかもしれない。
最後に読者の諸兄姉に個人的なお願いであるが、私の名をひっくり返して読み上げてはいけない。どうしてと言われても、どうしてもだ。まだ物語を無に棄却するのは早い。