壺も転がりそうな雨風の晩だった。雷が轟き、建て付けの悪い戸ががたがたと音を立てて眠りを妨げた。喧しいので、裏口から盗人が入ってきても家の者たちは誰も気が付かないほどだった。星首は無骨な男の手に持ち上げられたかと思うと、そのまま頭陀袋に入れられて、七、八里ほど嵐のなかを揺られていた。いや、もっとかもしれない。菜子の村からは、そのようにして突然に去ることになった。
長い長い時間揺られていた。
異臭のする頭陀袋からやっと取り出された時、星首は以前感じた嫌な気配を思い出していた。嵐はあらゆるものを巻き上げ、吹き飛ばし、あらゆる場所を更地にしたようだった。それほどまでに見覚えのない景色だったのだ。
……ここは、須弥山世界か。遠くに見えるのは鉄囲山(てっちせん)か。
思わずそう呟いた。海辺のようで四方に陸地が見えたことから、四天王に守られた須弥山を想起したのだ。しかし、帝釈天や三十二人の天部の神がすむ須弥山と、その世界を外壁のように取り巻く鉄でできた山脈は、非の打ち所がない荘厳な景色であろう。それと比べれば、あまりに聖性とかけ離れた場所だと思い直した。
……いや、これこそが地獄か。
星首が居る場所は、これまでとは位相のずれた、赤黒い空が地上を覆い尽くす魔境のように思われた。
星首を盗み出した男の異様な雰囲気から、比較的平和に人びとが暮らしていたこれまでの風景とは異なる時空へ移動したのかもしれないと思いさえした。
盗人は二人組だった。異相の空間へ迷い込んだせいか、彼らのことを星首はずっと昔から知っているような気がした。