【novel首塚】星を目指せば/21.甘え

awawai
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公開:2025/11/21

村人が驚いて大きな声を上げた。農具を振り回して何人もの村人が駆けつけると、犬たちは森のなかへ走って逃げた。ふたりは、やっと一命はとりとめているものの、犬に肉を喰われて、骨まで見える深い傷口が身体のあちこちにあった。周囲の土は真っ赤に染まり、血の臭いが充満していた。星首は、首から下があればふたりのもとに駆けつけて抱き上げていただろう。

……ご心配には及びません。ここは陰界にて、我々は、あなたさまの心の化身ですから……死んだとて、あなたさまのお心のなかに還るだけのことです。

……わけのわからぬことを言う。

……本当です。我らはあなたさまに恩義ある身。あなたさまの失われた記憶の一部を、お返しする時が来ました。

女と男が村人の手を借りながら這いずって手を差し伸べ、星首の頬に触れると、星首の脳裏に、自然とある光景がよみがえるのだった。

ふたりの若者の姿が見える。道士のふたりだ。姿格好が現在とは違っている。道服でもなく、旅装束でもない。光る衣を纏っている。神格の証だ。しかし生まれたばかりゆえ、信仰による力を持たない。ふたりの名は、千里眼と順風耳。低級神だ。千里眼は遠くまで先を見通し、順風耳は遠く離れた音を聴く。海神であり、商船の守護神でもある天上聖母から命を受けて、配下であるふたりは、とある船を守護していた。私船である。商人も乗っていたし、赤子を抱いた母親も居た。秋津島から大陸に向かっていた。嵐に遭い、船は今にも沈みそうだった。船は何度もひっくり返りそうになり、荒波に揉まれている。いよいよ駄目かと乗員の誰もが思った。守護の力が及ばぬことを、ふたりは悔いていた。黙って坐していたひとりの僧が、ふたりの肩に手を添えて、そのように悲しむことはありません、と言った。そなたたちがどれほど力を持っていようと、尽力しようと、この船は天命によってこうなる定めだったのです、と。

僧の名は明星という。星首の在りし日の姿だった。

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