もう9月も半ばになる。いつのまにか日中のひどい暑さや熱帯夜はなくなったが、どこか蒸し暑い。長雨が続いていて身体の節々が痛み、身体が重だるく、仕事を休みがちになっている。
仕事。仕事といっても就労継続支援B型なので、雇用ではなく福祉施設利用者という扱いで、休んだからといって職場に迷惑がかかるとかは一切ない。もちろん休んだ分工賃も減るが、時給250円なのであってもなくても同じような給料である。いくら福祉施設だからといっても、もう少し工賃を上げられないものかと思う。自分が福祉施設の職員だった頃も利用者の工賃は低いなと思ってはいたものの、当事者になってみると具体的な不満として実感させられる。この国だけのことなのか分からないが、根底には障害者への差別意識があるのではないか。生産性のある人間になれ、働けるようになれ、という圧を感じ、ありのままの個人を肯定しない環境は非常によろしくない。施設のスタッフさんはとても優しいのだが、社会の仕組みが歪なように思う。
先日、障害を抱える者同士として話せる歳の離れた友人と会い、山奥のギャラリーに行ってきた。処分されそうになった鶏を引き取って育てていたり、誰でも入れる読書スペースを作っていたり、商店を営んだりしている方が回しているギャラリーである。アート×文学というテーマで二人展をやっていて、今回はそれを観に行った。作家さんのひとりが在廊されていて、いろいろお話を伺うことができた。しおり作りのワークショップにも参加した。しおりが欲しかったのでうれしい。宮沢賢治にも通ずるような世界観のある展示だった。展示をやっているといろいろなひとが観にやってくる、なかには猫の展示なのに猫は嫌いだというようなひともいて、場を開いているといろんなひとがやってくる、という話が面白かった。偶然性と一期一会に刺激されるという話は、自分も文芸イベントに出店しているとあることなのでよく分かる。
その後ランチをしてお互いの創作活動や人生について語ってきた。
ポリタスTVやデモクラシータイムスなど、いわゆる左派寄りのメディアのYouTubeチャンネルをよく見ている。いろんな意見を見聞きするために右派のチャンネルも見たほうがいいのだろうかとも思いつつ。ただ自分の意見の偏りをなくしたいというわけでもない。何にしろ世の中のことに目を向けたい。この歳になってようやく社会のこと、他人のことを考えられるようになってきた。
それ以外はひたすら自室で横になっているので書くことがない。近くに堤防があるのでウォーキングでもしたらいいのかもしれないが、歩くことに楽しみを見出せない。歩くことが楽しいひとは趣味を楽しみながら健康にもなれていいなと思う。
新しく引っ越した地域のゴミ捨ての曜日をまだ覚えられない。プラ容器の曜日とペットボトルの曜日がどうしてもごちゃ混ぜになってしまう。
家の中に自分以外の他人が居るので、掃除をこまめにするようになった。相手が仕事帰りで疲れているだろう時はなるべく顔を合わせないようにするなどしている。実家に居た頃と変わらない。
読みたい本
『韓国映画から見る、激動の韓国近現代史』崔盛旭(チェ・ソンウク)(書肆侃侃房)
『増補新版 韓国文学の中心にあるもの』斎藤真理子(イースト・プレス)
韓国語の勉強…になるかは分からないが、韓国の歴史や政治に興味があるので、映画やドラマでカルチャーを知りつつ学びたい。例のポリタスやデモクラシータイムスでも韓国映画・ドラマ・ドキュメンタリーの紹介動画があって、大いに参考になる。
ちょっと勉強しただけでも、セウォル号事件は単なる不幸な事故だったのではなく、メディアの腐敗が招いた惨劇だったのだということが分かる。ほかにも数えきれないくらい、韓国・朝鮮は悲惨な過去を持っている。植民地時代もしかり。日本はその加害者側だ。わたし自身は韓国のルーツと日本のルーツを持つ人間ではあるけれど、日本に住む者として言えるのは、「大日本帝国(および、未だにそれを捨てられない人)に対して韓国の人と一緒になって怒る」ということだと思う。韓国の植民地や反戦を扱った作品を「反日的だ」という人もいるが、そうした作品もなくはないが、韓国は日本や北朝鮮に対してと同じくらい、自国にも厳しい視線を向けている。なにか事件があるたびいちいちそれを題材にした映画やドラマが作られていて、非常に社会的な作品が多い。それを見ていると、日本のひとはあまりに社会に無関心すぎると感じる。その自己批判精神をわたしは見習いたいと思うし、日本も見習ってほしい。とはいえ、自国を批判せねばならないほど重大な問題が韓国にはいくつもあるということだし、韓国自体潔白ではない。どの国が偉いとか、どの人種のほうが良いとかではなく、人類は総じて愚かなのである。そのことを学び取っていくために数々の作品が作られていると思う。
しかし、映画やドラマ自体を見慣れていない、正直あまり得意ではないため、まずは軽いところから観ていくつもりでいる。高齢男性が定年退職後にバレエダンスを習うという、特定の属性のひとを新しい切り口で描いたドラマ「ナビレラ」あたりを観てみようかと思っている。その他「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」は途中まで観て止まっている状態。気になる作品をリスト化したが100本以上になってしまい、いつまで経っても観終わる自信がない。ひとつひとつに感想は書けないかもしれないが、鑑賞記録を残すのは良いアイデアだと思う。
天候が天候なだけに体調がめちゃくちゃでまともな自炊ができないでいる。魚を買ってきてはいるが、冷凍したままになっている。このままではまずい。一応今夜調理できるように解凍してはいる。料理できるかは体調次第。
追記・9.11について触れる。あの日亡くなった人びとに思いを馳せると同時に、その後のアメリカがイラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、また大きな禍根を残したこと、戦争が繰り返されたことを忘れてはいけないと思う。憎悪を向けられた側は態度を硬化させ、自らを貶めるような行為(例:核実験など)に走ってしまう。怒りや悲しみを抑え込めとはとても言えないが、憎悪を無思慮に煽動することはどうかと思う。あらゆるヘイトが人種差別に繋がり、世界平和を難しくしている。どちらが悪い、許す許さないという見方ではなく、立場を越えて共感できることを見つけることが重要だ。それは目下のところ「暴力は悪だ」と暴力に対して怒り続けることではないだろうか。それならば、9.11やその後に連なる戦争被害の当事者ではないわたしにもできる。戦争の加害性や反戦教育を軽視するこの国でできることは何だろうかと考える。