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【novel首塚】星を目指せば/28.福音

awawai
·
公開:2025/11/28

すべての工程は、明星が知った天竺の宗教儀礼に沿って行うこととした。陰界は秋津島でも大陸でもない。明星の観想の内に構築された世界だ。行者が宇宙と一体になるため、密教の根源の地から得た教えを、最も相応しいと思われる方法を採択することにしたのだ。実作業に入る前に、寺院の建築と儀礼に相応しい土地の準備、方角の確定、浄地と結界が行われる。まず阿闍梨は、占星術によって儀式に相応しい日を選び、その日の早朝から、これから制作する曼荼羅の主尊を瞑想し、これと一体になった。この時から阿闍梨は阿闍梨であってそうではなく、阿闍梨の姿を借りた曼荼羅の主尊となって、儀式を進めていく。

……阿闍梨、匠たちや協力者の方々に対しては此度のことについて、充分な饗応の用意はなされておりましょうね。

……当たり前じゃ。そうでなくては間尺に合わぬではないか。

尊神とてそんなことを言い合いながらも、準備を進めているのである。

曼荼羅を描くのは、寺院の北東である。それ以外の方角では何かしらの災厄が起こるとされるからだ。ほかにも細かな条件があり、さらに選んだ土地が本当に優れたものであるか検査を行う。その場所の土を掘り返し、また埋め直した際に、元の地面より高くなれば良い。足りなければ曼荼羅を描く場所として不適格だ。そのような検査を複数行って、相応しい方角に好条件の土地があれば、その土地に棲む神へ施食儀礼を行い、神々に土地の借用を請願する。

一日目の手順はこうして終わる。その日の夜、夢に凶兆が出なければその先の手順に進んでよい。

次の日、阿闍梨は阿修羅、ナーガ(蛇神)、夜叉、羅刹などの妨害者を撃退するための観想を行い、大地の女神に対してマントラを唱え、再び土地を借用することを請願した。観想上で女神の許しがあれば、次へ進む。今度は地中から不純物を取り除かねばならない。何人かで手分けして、掘り出した土から灰や炭、毛髪、穀物、石や骨などを入念に除去する。今回の場合、寺院を建築するためにも地中から岩などを取り除いておくことが肝要だが、大地の浄化の理由はそこにはない。地中に石があれば大風が起こるなど、それぞれの異物に応じた不幸があるとされたからだ。

夜。いつ見ても同じ月が夜空を照らしている陰界である。阿闍梨によって、建築材を四つ、複雑な工程を経て寺院の建築予定地に安置する聖別の儀式が行われていた。それが済むと次に、寺院建築前の儀礼に必要な九つの水瓶として、九人分の星首を並べた。場所は寺院建築予定地の区画近くに作られた小屋のなかである。布や花輪で飾られた九つの星首、つまり水瓶。このうちのひとつ、マハークンバ(大いなる瓶)と呼ばれる役割を、明星が担う。明星を取り囲むように残りの八つが配置される。明星には蘇油が、残りの水瓶たちにも異なる液体が注がれた。そして、九つそれぞれの液体が別の神々へのプージャー(礼拝)として捧げられた。これはそういう儀式である。密教におけるこうした準備儀礼などの要素は、ヒンドゥー儀礼の構造などとも一致する。儀礼の起源に迫ることは、明星の使命のひとつでもあった。世人からすればどの儀礼も見慣れぬものであろうが、神秘をまとう密教儀礼に対して、陰界における独特な儀礼の異様さは、形の変わらぬ月の夜になお一層拍車をかけて不気味であった。

なんとも言えぬ気持ちで明星が周りを眺めていると、月光に照らされて輪郭が浮き上がる山々を見遣りながら、阿闍梨が言うのだった。

……どうだ。既に清き鐘の音が聴こえてこよう。

……そうでございますね。

儀式と工事を並行するため、土地の浄化や聖別が済むと、設計図に従って材木の切り出し、運搬などが進められた。この寺院では大人数の修行僧を抱えることはない。明星ひとりが(身体はないが)坐することさえできればいい。都の造営と比べるまでもない簡素な工事である。とはいえ、素人では寺院ひとつ建てるのも一苦労だ。明星は、以前、弘法大師が携わったという数々の土木工事に関する調べごとをしたことがあった。寺院建築儀礼と曼荼羅儀礼は別々のものではなく、儀式と構造が相互に対応しており、重ね合わせることができると読み解いたのだ。自分に弘法大師ほどの手腕があるなどとは思わないが、設計図の諸案を出したのは明星である。手も足も無い分、作業する者たちへは積極的に声をかけ、工事に関わろうとした。


〈参考文献〉

『マンダラの密教儀礼』森雅秀,ちくま文芸文庫,2025

@awawai
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