8月になりましたね。こんにちは。暑い日が続いていますが、わたしはなんとかやっています。そちらはいかがでしょうか。きょうは新たなお知らせなどは特にないのですが、雑多に日記でも書こうかと思います。
なにも考えておらず、ただ時が過ぎるのをひたすら待つ、という無意味な時間が最近の自分の人生には多いように思えます。ただただ「今」が過ぎ去ってくれればいいと願うだけの時間。読書もせず、創作もせず、強いて言うなら音楽を聴いているだけ。それも、音楽を楽しんで聴いているのではなく、「今」を耐え忍ぶために修行のようにイヤホンを耳に突っ込んでいるだけのような。いつからこうなってしまったのだろう。朝8時と夕方17時の学校のチャイムが聞こえてくるのが嫌だ、と気付いた時からかもしれない。学校のチャイムはトラウマ的です。だから、その瞬間が過ぎるのをイヤホンをして「待つ」。待つだけの時間をなにか別の時間に変えられないだろうか、というのが最近の悩みです。理由は単純に苦痛だから。
紙の日記。誰にも見せない紙の日記も書いているのですが、自由気まますぎて最後に書いたのは6月の文芸フェス三重の記録でした。丸2ヶ月書かなかったわけですね。夏のせいということにしておこう。せっかくなので紙の日記のほうも更新しました。作者しか読めない書物の更新をわざわざ皆さんにお知らせしているわけではなく、「こういうことをした」という記録のために、紙の日記のことについて触れました。
父から古いレシピ本をたくさんもらいました。料理は好きでもないし得意でもないのですが、これから自炊する機会が増えるので、参考にしてみようかと思います。とりあえず、レシピ本をぱらぱらめくったり、YouTubeで長谷川あかりさんの動画などをぽつぽつ見たりしています。料理は頭の体操になると聞いたことがあるので、無理のない範囲で挑戦してみてもいいかもしれません。
読書。『国家はなぜ衰退するのか:権力・繁栄・貧困の起源』(ジェームズ・A・ロビンソン、ダロン・アセモグル/鬼澤忍訳)を時間をかけて読んでいます。明快な文章で支配や侵略の歴史が語られるので、不勉強な自分には良い教科書のように思える。世界中の不平等、富の不均衡、経済の悪化、貧困の拡大の原因について語られています。「収奪的な政治制度」により「限られたエリートの手に権力を集中させ」、「社会の残りの人々から資源を収奪するために経済制度を構築することになる」(上巻、p.140)。どこかで聞いたような話すぎるし、現在進行形で収奪はおこなわれている。まだ途中ですが、これを読んで戦争を起こそうという気になるひとは居ないでしょう。権力を握る強欲な独裁者は別かもしれませんが。
『反ミーム部門は存在しない』(qntm著/鳴庭真人訳)を読み始めました。Blueskyで「出版社」のフィードを眺めていた時に本作の宣伝記事をたまたま見かけて、そのなかに『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のストラットさんが好きなひとにおすすめ、といった感想ポストがあり、自分もストラットのファンなので気になってKindleでポチった、という流れです。SCP自体については、かなり昔に若干ハマった時期がありますが、あの膨大なデータベースすべてに目を通すほどマニアでもないといった感じです。SCPというコンテンツの知名度が上がるにつれ、独特の内輪ノリみたいなものが形成され始め、自分が当初この共同創作サイトに感じていた格好良さからズレていってると感じ、すこし距離を置くようになりました。しかし、好きな作品、名作だなと思う作品はたくさんあります。創作活動に影響も受けています。『反ミーム部門は存在しない』はまだ序盤を読んでいるところですが、どんな展開になるかを楽しみにしています。40〜50代のいわゆる中年の女性を主人公にした作品としても、フィクションのなかで居ない存在として扱われがちな人物像を捉えているということで、読みたい理由のひとつでした。
今気になる本。『ほんとうのことを書く練習 「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』(土門蘭著)を読みたいと思っています。今の世の中において書きにくくなっていることが多く、SNSなどで心理的安全性が確保されない状況も多い。まずは排泄のように出てきたままの言葉を並べて、言葉の水路の通りを良くし、すこしずつ他者に読まれるためのパッケージングをしていき、この世界に触れた自分自身にとっての「ほんとうのこと」をアウトプットする、という試みについて書かれているとのこと。自分自身がほんとうは何を言いたいのか、(自分で自分に興味を持って)自覚することが真の自由への道だと思う、と土門さんはとある動画で語っていました。わたしはそもそも書くことが苦手なので、この本を読んでほんとうに言いたいことを言語化する手がかりを掴めたらと思っています。あと、土門さんが韓国・朝鮮にルーツを持っているという点にも共感を持っています。
生活について。引っ越しました。まだ新居に住んで数日ですが、いちおう段ボールの山は片付いて、徐々に生活らしくなってきました。わたしはかねてよりノンバイナリーで恋愛感情がわからないという人間ですが(そして、そのセクシュアルマイノリティへの“裏切り”と捉えないでもらえたらうれしいのですが)パートナーと一緒に暮らすことになりました。パートナーはわたしが恋愛感情を持たないことや、肉体関係を持たないことを理解・受容してくれています。その上で情緒的な繋がりの在り方を模索しつつ、支え合って暮らしていくというのが我々の目標です。
わたしは、本当は独りで生きていきたいのですが、どうやら本当に独りで暮らすと生活が崩壊・破滅するタイプであるらしいことと、障害があり経済的に自立するのが難しいことなどをふまえて、他者とともに生活をするという道を選びました。道を選べたというのは幸運なことだと思います。独り暮らしは、わたしが選ぼうとして適応できなかった素敵な生き方です。もちろん孤独もついてまわりますが。だから、自分で書く創作作品のなかでは、わたし自身の代わりに独りで暮らしている人びとの姿を書くことにしました。それが先日公開した『OFF.』です。
これからも、積極的に「孤独」な人びとについて書くと思います。誰かと共に暮らしているといっても、わたしの頭の片隅には孤独な自分が必ず居ます。ひとはどんなに寄り添いあっていても本来的に独りぼっちな存在です。孤独で苦しんでいるひと、孤独を愛しているひと、孤独に慣れているひと、いろんなひとを書いていきたいです。そして書くことで、自分自身も独りぼっちなのだということを実感したいです。パートナーには理解してもらえないかもしれませんが、それでかまいません。
新規のお知らせはないと最初に書きましたが、2026年10月31日(土) 19:00〜2026年11月01日(日) 18:00開催の紙本祭8にエントリーしました。コラボ企画のK便鉄道にも申し込んでいますが、先着順とのことなので滑り込めるか今のところ不明です。
紙本祭までに架空ストアさんで『OFF.』が購入できるようにしておきたいです。実家の近くには郵便局があったのですが、いま住んでいるところだとすこし歩かなければならないようです。自分は運転免許は持っていますがまったく運転をしなくなって数年経つので、近場に郵便局があると助かります。そういえば今朝はなにか車を運転する夢を見たような気がします。
末尾になりますが、先日の熊本を震源地とした大地震で被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。生活というのは、普段どおり、当たり前にある日常のことで、それが損なわれることでどれだけの身体的・精神的負担がかかるかと思うと言葉もありません。余震を警戒して眠れない方もいらっしゃると思います。これ以上被害が広まらないことと、誰もがいつも通りの日常を取り戻せることをお祈りしています。
それではまた。