【novel首塚】星を目指せば/16.水瓶の変

awawai
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公開:2025/11/16

夥しい数の星首が、棚に並んでいた。まったく普通の壺や水瓶と区別のつかないものもある。それらは元々は生きていたが、自我を失い、完全なる無機物として存在が置換されたもののようだった。少なくとも星首の目には、他の星首は生首に見える。黙りこくったものもあれば、額に矢を受けて血を流しながら、胴体はどこだと叫び声を上げ続けているものもあった。

自他をただ“星首”としか称することができず、区別がつかない状態に、星首は強烈な動揺を覚えた。いったい、自分の名前は何というのだったか。どこの誰で、何を目的に生きているのだったか。それを思い出さなければ、棚に並ぶ無数の星首と自己の見分けがつかない。

しかし、いつだったか千里が言ったように、一度自我を失い、存在の定義を失って時空間の狭間を漂うものが星首という存在なのであれば、道士や僧たちにとって、星首とは悟りに近い存在なのかもしれない。ツヒネの手を逃れ、千里の手を逃れ、道済の手からも逃れ、いったいどこへ流れつけば、自分にとっての救いは訪れるのか。なにか重要なことを忘れている。

星首が奥歯を噛みしめた時、水瓶と思しき首の壺が声を上げた。

……そこな首。星首よ。と言っても、誰が誰やらわからぬであろうな。

語りかけてきたのは、見惚れるような美髯の首であった。

……首だけになると、この世の因果から切り離されたようで、ぼうっとするであろう? 私も同じなのだ。過去のことが朧げになってゆく。次第に、記憶と夢とが混じり合い、過去と現在と未来の区別もなくなり、現実とはいったい、何が何やらわからなくなってくるのだ。そうであろう?

……その通りです。貴殿はなにか思い出せたのですか?

……なに、儂は実をいうと、自ら首だけになって、おぬしたちの真似事をして、こうして並んでおるのだよ。儂の本当の身体は、とっくの昔に朽ち果てておってな。かつての儂によく似た髯を生やした男の首を見つけて、取り憑いておるのさ。

……そうでしたか。

……我らをここに並べた、あの破戒僧の道済も同じよ。あやつもこの世の人ではない。まだ生まれておらぬのだよ。それがなぜ生きて動いておるのであろうな?

……分かりませぬ。

……儂に分かるのは、儂が儂であり、おぬしがおぬしであるということだけじゃ。空、水、山、風……儂が儂でなければこの感触は感じ得ぬ。空が広がり、水が心地良いという感触はな。儂が仮におぬしであっては、だめなのだ。儂が儂であるということが、空や風を感じるために必要なことなのだよ。おぬしの場合も、そうであろう。

……何を言っておられるのか……。

……分からぬか。口惜しいのう。ならば、他の首をおぬしに見せるのは、もうやめじゃ。

美髯の首がそう言った瞬間、目を開けると、星首は、まだ火の小さく残る焚き火の前に居た。道士の千里も、破戒僧の道済も、火を囲んで眠っていた。

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