文学フリマ京都10と京都滞在の振り返り

awawai
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公開:2026/1/21

1月18日(日)に開催された文学フリマ京都10に出店しました。このブログは日記の体をなしているので、旅程を振り返るかたちでイベントの反省などをしてみようと思います。文フリのほか、ローカル線に興味のある方、寺社仏閣に興味のある方にはたのしい内容かもしれません。すこし長くなりますが「おう読んでやんよ」という方はどうぞ手元足元などを暖かくしてご覧くださいませ。

今回は1泊2日の予定です。当日朝8時前に家を出発しました。朝ごはんはちゃんと食べてきました。今回からの会場2フロアに対応するための前日設営・当日設営のボランティアに参加された方々には頭が上がりません。ありがとうございました。わたしも2泊3日とかにして設営に参加できたら理想的だなと思いつつ、実現できませんでした。文フリの規模はこれからも拡大傾向になるでしょうし、じわじわと理想に近づきたい。いろいろな形でイベントに携わりたいです。

当日は快晴で暖か、イベント日和でした。先週は雪で来週も雪らしいのに、今週だけ最高16度の陽気。奇跡です。こんなに気温差が激しいと融雪が心配ですね。しかし、ひとまずはこの陽気を祝いましょう。だってこんなに陽の光が眩しいし、日曜日の朝の街中はどこかそわそわとして、何かに期待しているような雰囲気なのだから。これはわたしの心象であって事実ではないかもしれないですね。

とはいえ、家からバス停に向かうだけでもう荷物が重い。まず岐阜駅に向かいます。列車の到着まで時間があるので駅構内のコンビニでパンとお茶を買いました。お昼用のつもりでしたが結局これは夕食になります。出店者となるのは今回でほんの3度目ですが、毎回お腹が空かないのが不思議です。「食ってる場合じゃねえ」という精神状態になっているのかもしれません。

さて、わたしが居るのはJR「岐阜駅」であり、新幹線(主にこだま)が停まる「岐阜羽島駅」ではありません。岐阜駅から京都までJR在来線の新快速に乗って行きます。まず、名古屋方面から来た新快速で終点の米原(まいばら)駅へ行き、米原始発となる新快速に乗り換えます。岐阜と京阪を在来線で結んでいるんですよ、新快速。都市間の距離感をバグらせてくるシステム。どんなにすごいか語ってもいいですか? 語りますね。

まず新快速は岐阜駅を出発すると45分ほどで米原駅までかっ飛ばします。走行距離は約50キロ。東京駅から中央線で西八王子駅まで、あるいは東海道線・横須賀線で大船駅あたりまでのような距離感です。関ヶ原を越えるあたりで耳がキーンとなりました。ちょっと雪が残っていたかな。関ヶ原は鉄道の難所だそうです。日曜日の米原行きの車内はずっと空いています。名古屋の反対方向に向かっているからというのもあります。人混みを避ける意味でもわたしはこのルートが好きです。

9時40分ごろ米原に着きました。岐阜から京都へ向かう場合、米原での乗り換えはとても簡単。同じホームの反対側に待機している列車に移るだけです。今回は9時50分発の姫路行きに乗りました。そう、完璧に接続されています。しかも米原始発なのでかならず座れるのがうれしい。

米原からも新快速です。たしか11駅くらいで京都に到着します。途中で見かけるアルプラザや平和堂は岐阜にもあるので親近感が湧きます。滋賀の街並みを通る在来線のため、地元の方のやわらかな関西弁が聴けるのも個人的にたのしいポイントです。関西近郊在住の方なら細かな方言の違いに気付けるのでは、と勝手に思っています。混雑具合ですが、中間辺りの草津駅で人が増え始める印象。滋賀県でいちばん利用者が多い駅は草津だそうです。しかしそれも日曜の朝は比較的緩やか。もちろん京都に近づく頃には満員電車ですが、今回は天気も良いからか車内は穏やかでした。

1時間足らずで京都まで走れるのは、米原-京都間のレールが比較的直線的に敷かれているため、新快速が(もちろん、新幹線も)スピードを出せる区間である、ということのようです。この区間は琵琶湖線と呼ばれ、琵琶湖の東側を通っています。琵琶湖はよく見えません。琵琶湖を挟んで反対側の湖西(こせい)線からなら見えると聞いたことがありますが、わたしは湖西線ユーザーではないので間違っているかもしれません。

8時50分に岐阜を出発し、10時45分頃に京都に到着しました。2時間ギリ切ってます(ただし、特に京都方面から岐阜・名古屋方面へ来る場合は接続が図られていない&時間帯によっては新快速の運行がない関係で、倍近く時間がかかる場合があります、これは後述します)。〜〜この一連の文章は、いつか岐阜と京阪を行き来する機会があれば、米原経由の新快速という選択肢も存在します、ということをお伝えするためのものです〜〜 岐阜-京都で片道1980円です(2026年1月現在)。言うまでもなく、設備が整って早いほうがよい、おまえの話はなにがなんだかわからないという方は新幹線一択です。

京都市営地下鉄京都駅のホーム。

謎の宣伝タイムは終了です。何事もなく京都に着いたのでみやこめっせへ向かいます。混んだのは京都駅近くなってからだけで快適な列車旅でした。ここからは地下鉄です。大混雑を覚悟しましたが、出入り口から遠い車両では思ったほどのぎゅうぎゅう詰めではありませんでした。烏丸御池駅での東西線への乗り換えがドキドキします。案内表示は大きくてとても親切だと思います。

(いまさら繰り返しますが、これは日記の延長です。文学フリマ京都常連の方にとっては周知の事実をいちいち書いています。飛ばしてくださって問題ありません)

六地蔵行き、六地蔵行き。行き先を何度も確認して、反対方向の地下鉄に乗ってしまわないよう気をつけます。3年連続で来ている人間の発言とは思えないかもしれませんが、行き先の地名に馴染みがないのでぜんぜん覚えられません。東山駅に着いたら1番出口から出て左にまっすぐ、交差点で再び左折して平安神宮の鳥居を目指します。毎回違うルートを歩いてしまうのですが、これがいちばん分かりやすいかもしれません。鳥居の下を通れるのでちょっとした観光気分になります。人力車で記念撮影しているひとたちもいました。

みやこめっせの外観写真。

11時半前、みやこめっせに到着。すでに出店者入場は始まっていて皆さん設営しています。出店者シールをもらい自分のブースへ向かいます。トイレが近いです。ひとまずお手洗いに行って一息ついてから設営を始めました。わたしはすべて手搬入です。宅配搬入の仕方は分かりません。するほどたくさんの在庫もありません。設営面では、家で組み立て式本棚の予行練習をしておいて命拾いしました。値札を忘れてしまいましたが、概ね準備万端(と言えるのか?)。いろいろあって2泊は断念してしまったのですが、返す返すも前乗りして前日設営に参加すればよかったです。

開催中はいろいろな方とお話ができてうれしかったです。どなたに何を話したか、差し入れをお渡ししたか、などがわからなくなってしまうこともありましたが、皆さん優しく対応してくださってありがとうございました。作品を読んだことのある出店者さんには、もっと作品への感想などをお伝えするつもりだったのに、なんだか当たり障りのない言葉しか出てこず、それが悔やまれます。もっと伝えたい言葉がありました。

その場で立ち読みして、あるいは過去に読んで『どこへいったのかわからなくなるまえに』を好きだと言ってくださった方が複数いらっしゃいました。ジャンルが純文学のエリアだったので、純文学に寄せようと試みた本作は読み手に刺さりやすかったのかもしれません。とてもうれしいことでした。また、『星を目指せば』を目当てに来てくださる方もいらっしゃいました。これはひとえに主催のたこやきいちごさん・深夜さんによる企画の賜物だと思っています。たのしい企画に参加できて光栄でしたし、本にすることができてよかったです。

1年ぶりに京都でお会いする(つまり、去年も顔を見せてくださった)方、お久しぶりの方、フォロワーさんでも何でもなくて本を手に取ってくださった方。また、地元のプライベートの友人たちが来てくれて驚きました。決して近くない距離なのに遊びに来てくれて、ありがたいです。それは他の方も同様で、出店者にしろ、一般来場者にしろ、「今、ここ」に来るためには相当な気力体力が必要だとわたしには思えるからです。立ち寄ってくださった方、ありがとうございました。また、SNSを通して遠くから見守ったり気にかけてくださった方からも、元気をもらいました。

今年はわりと事務局のアドバイスに従ってSNSでの宣伝をがんばりました。ちなみに去年はたしか旧ツイッターでの宣伝をしていないはずです。手応えの違いは多少あったかもしれません。どちらにせよとても小さな、発展途上のサークルなので、ふらっとブースの前を通り過ぎる方に無料配布を受け取って頂けるだけでも感動ものでした。当日の反省点としては、値札を忘れてしまったこと、ポスターなり何なりあったほうがよかったこと、やはりリュックサック1つでの出店はいろいろと厳しいのではないかということ。ひとりで参加ということもあってなかなか3階のフロアへ行けずにいたのですが、友人がしばらくの間売り子を申し出てくれて買いまわりに行くことができました。3階フロアもものすごい盛況でしたね。こんなに賑やかな中で、自分のようにちっぽけなサークルを目に留めてくださった方が居るという事実が奇跡のようです。

会場に対する要望としては、お手洗いを洋式にしてもらえると非常に助かるのですが、やはり改修するとなるとその間のイベント中はどうするのだということになり、難しいのでしょうか。これは文学フリマ事務局にはどうしようもないことですね。

最高気温16度ということもあり、汗だくの中のイベントでしたが、なんとか閉会まで参加しました。自分のブースの片付けは早く済んだので周辺の方のお手伝いなどをして、無理のない範囲で撤収に参加してから会場を後にしました。

文学フリマ京都についての振り返りは以上になります。文フリはこれからも拡大路線で行くでしょうし、大きなイベントになるということは、それだけ見知ったひとにも見知らぬひとにも出会えるという嬉しさがあります。わたしはそれが文学フリマの良さだと感じました。同時に、もっとローカルな、わたしで言うなら中京圏の中小規模の文芸イベントにも参加したいという思いを新たにしました。ちいさな居場所が身近にほしい(都会でなくなるほど逆に行くのが難しい問題はありますが)。もっと全国各地に作品発表の機会があれば素敵だと思います。

この先は純粋に旅の記録です。既にお分かりかもしれませんが、わたしの移動と観光は「人混みを避ける」がキーワードです。

この後の予定は特になく、お宿に向かう途中でよさげなお店は見つけたものの、ひとまず荷物を下ろしたくて一路宿泊先へ。途中、Googleマップを開いていたからかスマホの充電が70%ほどから急にゼロに近くなりびっくりしました。焦ったのはこの時くらいで、全体的に心の余裕をもって無理なく行動できたと思います。

宿泊先は京都の町屋をリノベーションした民宿で、大変親切にして頂きました。お風呂を沸かして頂き、ゆっくりお湯に浸かることもできました。スマホも充電中ですし、こうなると夕食を食べに外に出ていく気はなくなって、昼用に買って結局食べる余裕のなかったパンと、差し入れで頂いた食べ物をむしゃむしゃと頂いて夕食としました。ありがたいことにお腹いっぱいになりました。緊張からか、空腹を自覚しづらくなっていたようで、やはり身体が「食べる」モードをOFFにしていた感じでした。

布団を敷いて横になるも普段の自分なら寝入る時間を過ぎても目が冴えていました。でも気付いたら眠っていたようです。途中、うっすらと自分が何度か寝返りを打つのがわかりました。熟睡はできませんでしたが充分休めました。

翌19日。5時半頃に起床し、日課の韓国語の学習などをして過ごします。ちなみに文フリ当日も一応学習をしてから出発しました。そんな心ここにあらずの学習で果たして韓国語が身につくのかわかりませんが、学習アプリの連続記録は絶やしたくなくてとりあえずやりました。お手洗いに行くととても寒くて冬を感じます。こうした気温差でひとは風邪を引くのだなと思いました。

7時半頃に朝食を頂きました。しみじみと昔懐かしいご飯でした。白飯はおひつにおかわりできるほど頂きました。どの品もありがたく完食したのですが、特にお米、こんにゃくと味噌だれ、お豆腐が非常に美味しかったです。どこかでちらっと京都は豆腐が美味しいと聞いた気がするのですが、京都は美味しいものが多くて羨ましくなります。

ゆっくり食べてしばらく休憩し、8時半すぎにお宿を出ました。民宿の方があたたかく見送ってくださり、心に灯がともるようでした。ホテルも良いけれど、今度京都に来る時もまたこちらのお宿にしようと思いました。憧れの常宿というやつです。

さて、朝早く出発して向かうのは蹴上駅です。東山駅のコインロッカーに荷物を預ければよかったのですが、東山駅には戻らないかもと思って、蹴上駅で預ければいいやと考えたのが良くなかったよう。蹴上駅のコインロッカーは調整中で使えませんでした。仕方なくそのまま歩いて目的地へ向かいます。

ねじりまんぽ。うねりのあるトンネルという意味を説明する看板が立っています。

ねじりまんぽをくぐって趣のある細い道を歩いていくと、ほどなく目的の南禅寺に着きました。臨済宗南禅寺派の大本山。始まりは亀山天皇(上皇)の離宮として営まれただけあって広い敷地です。蛇足ですが、わたし自身天皇制は権威主義の最たるもの、帝国主義の名残であるとは思っていますが、現在の皇族の方に対するヘイト感情などは持っていません。ああいった立場の方たちが人間として心穏やかに過ごせることを願っています。

さて、パンフレットによると、亀山上皇は当地の風光を愛して禅林寺殿と号した離宮を営んでいたところ(1264年)、たまたま妖怪の出現(!)に悩まされたそうです。その際、当時の東福寺の大明国師が、一言の読経を口にすることもなく、坐禅するのみでこの怪異を静めたことに感激した亀山上皇は、大明国師の徳に深く帰依し、自ら弟子の礼を取り法皇となりました。そして1291年に離宮を施捨して禅寺とし、大明国師を奉じて開山となった、という経緯のようです。このことは天授庵参拝の栞にもっと格調高く記してありました。

緩やかな坂道をまっすぐ行った先にある南禅寺の本坊にはコインロッカーがあったのですが、着いたばかりのわたしはそのことを知らず、荷物を抱えたまま、なんと三門に登りました。急階段に心底冷や冷やしました。怖い思いをしただけあって景色を眺めると溜め息が出ます。三門は1628年に藤堂高虎が大阪夏の陣の戦没者慰霊のために建立寄進したものだということです。それを平和な時代に階段が急だとか言いながら参拝していることの、なんという時の流れか。かつてはどんな景色だったのだろう。

三門から眺める参道と木々、遠くに京都の街並みと山々。

そういえば自分は高いところが苦手でした。でも勇気を出して(軽率に登ってみてともいう)よかったです。かなりきつい階段なので登れるうちに登っておいてよかった。階段の途中ですれ違ったご夫婦が「ゆっくりどうぞ」と譲ってくださり、「もうちょっとで頂上です」と励まし合うなどしました。もし三門に登られる際は動きやすい軽装がおすすめです。あと自分は太ももが筋肉痛になりました。これはわたしの日頃の運動不足が祟ったからなのですが、登るにはある程度体力が必要だと思います。

なんとなく三門から法堂に続く参道を歩き、お線香を上げて手を合わせました。次になぜか引き返して天授庵を拝観。庭園が気になっていたのと、敷地に入ってすぐ見つけたので観たくなりました。前述の栞をもらい、南北朝時代の遺構南庭と枯山水方丈前庭をゆっくり巡ります。わたしは南北朝遺構南庭が特に好ましかったです。東西に大小のふたつの池が配置されて、なだらかな斜面が作られています。岩は苔むしており、池には落ち葉が浮かんでいました。水辺を整備していた清掃員の方に「おはようございます」と声をかけると微笑んでくださって、すこし会話しました。「本堂にも靴を脱いで上がれますからね、ごゆっくりしていってください。夏だと寝てはるひともいますわ」と教えてくださいました。京都の方は観光客慣れされていて旅人に優しいです。

天授庵の南北朝遺構南庭の池の石橋。

写真に飛び石が写っていますが、この石橋は明治時代に手を加えられたことによるもので、これは明治調の特徴らしく、南北朝時代の古雅を損なうものとして悔やまれているようです。正直わたしには「高雅さを保持せしむる」ことの重要性がいまいちピンときませんでした。庭園がバーベキュー広場に改造されたら悲しむべきかもしれませんが、現在の庭も充分遺構としての価値を有しているのではないでしょうか。

水路閣のアーチの下を正面から撮った写真。奥のアーチほど小さく作られており、奥行きを感じられます。

SNSや動画サイトで映えスポットとして紹介されている水路閣です。わたしもアーチの下に立ってみました。近くで見上げてみると立派な煉瓦造りの美しい建築物です。この先にある南禅院は現在参拝受付を停止しているというのを南禅寺のHPで知ったので、立ち寄りませんでした。

最後に緩やかな上り坂の先の南禅寺本坊と方丈を拝観。ここでようやくコインロッカーに出会えました。最後の本坊と方丈だけでも身軽に巡りたくて利用しました。ここに最初に来るべきでしたね。ちなみに三門でも南禅寺本坊でも靴を脱ぐのですが、靴箱は無くビニール袋に入れて持ち歩きます。つまり片手は必ず塞がります。

南禅寺本坊の廊下。

南禅寺本坊から国宝である寝殿造の大方丈へ続く廊下。朝10時ごろなので空いています。朝陽が差し込んで板の間に光が反射して晴れやかです。大方丈を観て、室内に展示されている狩野探幽の「虎の間」などの襖絵を観ました(撮影禁止とのこと)。あと本坊内のお手洗いを借りたのですがめっちゃ綺麗でした。身軽な状態でトイレに行けて助かりました。

茶席・不識庵と窮心亭の看板。

方丈の端にある茶席・不識庵と窮心亭を眺めました。「不識」についての逸話が印象的でした。“昔 達磨大師が梁の武帝と対面したとき「私の前にいるのは誰か」と問われて「不識(識らず)」と答えた。自分を説明しようとしても言葉では真の自分を説明しつくすことはできず、自分から離れてしまう。本当の自分とは何なのかを知るためには、心を窮(きわ)めていかなければならない”とのこと。心を窮めるとはなんだろう。自分を追い込むということかな。茶道や禅の厳しい道を示唆しているような気がします。昨日文フリの会場で友人と「自分とは何か」みたいな話をしたので、ここでしばらく佇んでしまいました。

すっかり満足したので、荷物を持って10時半前には南禅寺を後にします。ちょうど団体客が続々とやってくるところでした。わたしはこのまま来た道を戻り、京都駅の551蓬莱でお土産を買いました。まだこの時間だと誰も並んでいません。なので毎回551に吸い込まれてしまいます。在来線で帰るから美味しそうな匂いが車内に漂ってしまうのが気になるというのに…。なるべく紙袋の口をきつく閉じた状態で乗車しますのでお許しください。

帰り道です。

京都駅のJRのコンコースでは、手を振り合って「また明日ね」と言い合いそれぞれの乗り場に別れてゆく高校生たちがいました。わたしもその乗り場のひとつを利用します。高校生の後ろに並びました。自分の旅の最中は誰かにとっての日常なのだと感じられる、在来線旅です。

さて、往路は2時間足らずで岐阜から京都まで来れましたが、特に日中の時間帯は新快速の運行がありません。朝晩は速達便があるので問題ないかと思います。わたしは明るいうちに帰りたいので、早めに京都を出発し、普通列車を乗り継いでゆっくり帰ることにしました。矛盾はしていません。早く帰るために鈍行に乗るのです。こういう場合は素直に新幹線に乗ったほうが早くて楽でしょう。しかしわたしの場合は、新幹線の岐阜羽島駅に降ろされると家から遠すぎて、名古屋駅だと人混みが嫌だという理由で好き好んで普通列車を選んでいます。

帰りはただ虚空を見つめていたらあっという間に彦根あたりに着いていて、あれよあれよという間に地元に到着。京都駅を出て家の玄関に入るまで3時間半かかりました。もっとかな? ただ景色が見慣れたものへ変わってゆくなかで、日常に戻るというよりも、日常こそが自覚なき長い旅であり、「旅行」をすることでその本筋の旅からすこしだけ逸脱するものなのだという感覚を得ました。日常も旅の最中。旅はつづく。

ここまでお読み頂きありがとうございました。これからも日常という旅を続けていこう、そして時々は逸脱しようという気力が満タンになりました。この機会を与えてくださったすべての人と物事に感謝します。これから数日、巨大な低気圧の渦、極渦が南下することによる大寒波が広い地域を覆う予報です。既に大雪の地域もあるようです。ご安全にお過ごしください。それではまた。

@awawai
趣味で小説を書きます。 lit.link/prmtlbrtori