……話を整理しますと、あなたさまが我らと出会って以降のことは、我らにも同様の記憶があります。道済という破戒僧が現れてからのことは、あなたさまの内的世界での出来事。その間、我々は、あなたさまがツヒネと呼ぶ術師と術比べをしていたのです。
……ツヒネは、あなたがたの師では?
それは嘘です、と初めてお付きの男が口を開いた。嘘をつく必要がありました、と静かな口調で続ける。道士の女と男は一瞬視線を合わせ、改めて星首に向き直った。
……我々は、始めは得道の境地に至る研究のためと嘘をついてあなたさまを村から攫いました。あなたさまの観想の内で紡ぎ出される夢幻は、外敵を排除するどころか、逆に招き入れようとします。敵であろうと味方であろうと、あなたさまのお心は区別がないのです。むしろ、敵対者であるほうが、あなたさま自身のお作りになる夢から警戒されずに近づくことができました。我々はあなたさまに恩義ある身。大変な苦労をしてここまで侵入したからには、これからは、どこまでもついていき、お守りします。もしあなたさまがお望みとあらば、現世へ戻る手助けもいたしましょう。
男がそう言った、その時だった。それはなりませんよ、と声が響いた。年齢も性別も感じさせない声だった。どこからともなく響く、天の声である。星首は、川辺で目覚めたばかりの時にこれを聴いたことがある。世を統べる大いなる存在の声だ。誰もが、ツヒネによる幻術の類だと分かっていたが、それでもなお術を破ることができない。
声は言う。外へ出なさい、と。その声色は高圧的ではなかったが、その場の誰も不思議と逆らえる者はなかった。皆、家屋の外に出た。星首は道士に抱えてもらい、近くのほどよい岩の上に置かれた。
声は続ける。観想の森のなかでは、孤独でなくてはなりません。襲いくる獣や禿鷹、激しい嵐や冷たい雨雪、そして無力感や孤独感から守ってくれる存在を心の内に宿してはなりません。あらゆることから目を逸らしてはならないのです。
道士の女と男は、いつのまにか獰猛な犬に囲まれていた。大きな犬だ。そして飢えている。だが女も男も落ち着き払っていた。犬も幻術の内である可能性がある。お付きの男は、一歩踏み出して姿なき声に問う。
……あなたさまは、化身する神仏と違い、光そのものとなり衆生に教えを説くと言われますが、なぜそうなさらないのです。
おまえたちが迷いながらも自力で真理に辿り着こうと努めているから、私はその健気さに心打たれて静観していたのですよ、と声は応える。
……大いなる存在は、人格神ではないと聞いておりますが……。
お付きの男が再び問うた。おまえ、よく喋るようになりましたね。天の声が指摘する。この首の者の意識を刺激しようとしているのでしょう。現世へ、目覚めさせようとしているのでしょう。
……だとしたらどうなのですか?
噛み付かんばかりに声を上げる男へ、目覚めぬでもよい夢というものがあります、と声は言う。その瞬間、犬たちが道士のふたりめがけて一斉に群がってきて、ふたりは肉を容赦なく喰われた。