影の貴族は檜扇の下から薄ら寒くなるような笑みを浮かべた。鬼が跋扈しているというのに少しも気に留めず、天の声を引き継いでこう宣う。
……逃れたくば、聖なる空間を生み出しなさい。不浄の空間と分け隔てるのです。教会も家屋の戸口もその最たるもの。世界の浄化とは、混沌のなかに秩序を生み出すことです。そして、破壊者たちを倒す神々そのものをあなたの身に降ろし、あなた自身が神として振る舞うのです。暗黒、死、崩壊、無秩序を象徴する龍や怪物、巨人。彼らを打ち倒しなさい。天地を開闢した神々の行為に倣うのです。
声に対して、明星は静かな表情で語りかけた。
……あなたは、真の大日如来さまではないでしょう。確かにおっしゃることは正しい。しかし、神仏というものは、実際目の前に現れてああしろこうしろなどと言わないものです。それに、本来の儀礼には龍や怪物といった破壊者たちは登場しません。儀礼において、そのようなものは実在しないのです。それらは、あなたがそうやって言葉にすることで、私の観想の内部に生じさせる幻影なのです。
明星の反論に対して、声は少しも揺らがず、こう言い返す。
……だとしても、在るものをどうして無いことにできましょうか。目の前にある困難を打ち倒すことに集中なさい。あなたにはそれしかない、あなたにはそうするしかないのです。
明星は何も言わない。だが、目を開き、術者の居所を探していた。そう離れたところではない。目睫の間に、確かに、知った者の気配がある。
〈参考文献〉
『マンダラの密教儀礼』森雅秀,ちくま文芸文庫,2025