目を回し、星首は気を失っていた。気がつくと、星首の前で千里とお付きの男が坐していた。視界に惑わされぬようふたりとも目を閉じ、姿勢良く背筋を伸ばしている。家の中だ。どこかの民家に身を寄せているらしく、周りには農具などがいろいろと置かれていた。
時間が伸び縮みしているような感覚だった。
……あなたさまは、我が師の幻術にかかっていたものと思われます。
……ツヒネの?
誰も言葉を発さなかった。窓から見上げる冬の空は鉛色をして地上にのしかかっている。
……思えば、濁った川辺で最初に目が覚めた時、あの時から、私の記憶は始まっている。あれは三途の川であったのだろうか。あの首拾いが小石で水切りをしていたのも、小石が積み上げられていたのも、砂地で意味ありげな風紋が浮かび上がっていたことも覚えている。
星首の独白にも、ふたりは無言を貫いた。彼らが何かを知っているならば、隠し立てせずに教えて欲しかった。星首は話題を変えることにした。
……千里殿。道済殿はどこに?
道士の女が訝しげな表情を浮かべた。
……失礼ですが、千里とは私のことですか。それに、道済とはいったい何者でしょうか。
道士の女が“千里”と名乗ったのは、道観に迷い込んだ道済と顔を合わせた時のことだ。そのすべてが幻術によって見せられた夢だったのならば、千里という仮の名も、道済という破戒僧のことも、女の記憶には無いに違いない。
……そのような人物は、失礼ながら、実在しないのではないでしょうか。
星首の顔色をうかがいながら、彼女はそう告げた。