16.まっしろいのち

aza_rashi
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久しぶりにすっきりと目が覚めた。今朝の私は一味違う。なんたって今日は、ずっと会いたかったあの子に会える日だから。毎朝お決まりのSNSを眺めるぐだぐだタイムをすっ飛ばしてすぐにベットから出る。布団をたたみカーテンを開けると、昨晩雪と雨がダブルパンチで降っていたのが嘘だったかのように思えるほど良い天気だった。時間をかけて念入りにメイクとヘアセットをして家を出る。側から見ると、推しの現場にでも行くんかって感じだ。でもそれはあながち間違いではなかった。

電車とバスを乗り継ぎ、一時間以上かけて目的地に辿り着く。バスを降りると、目の前には大きなイルカ型のモニュメント。その横には青々とした文字でしながわ水族館と書かれていた。広々とした公園を3分ほど歩くと、大きな建物が見えてくる。公園内を包む春のあたたかな風が水族館の入口に吸い込まれていく。チケットを購入し、つられるように中に入ると、真っ先にウーパールーパーと目が合った。よっ!って言ってたかも。

友達とわちゃわちゃしながら歩く水族館も最高だけど、ひとりで歩く水族館もまた違った楽しさがある。実際に行くと毎回思うのだが、水族館は想像よりも文字情報が多い。生き物の解説や、ちょっとしたコラムのようなもの、海獣1匹1匹の名前と性格など、たくさんのおもしろ情報が掲載されている。それらをじっくり読んでいても誰にも急かされないのが最高で、つい長居してしまう。ちなみにしながわ水族館は生き物のことだけでなく、水槽に内蔵されている設備や、潜水掃除に使われている機器などの説明が異様に細かく掲載されていて新鮮だった。

1階部分を一通り見終え、地下へ降りる。私の今日1番の目的はそこにあった。階段を降りるとすぐに、長蛇の列が目に入る。歩いても歩いても最後尾に辿り着かず、段々と不安になってきた。ざっと50人以上は並んでいたように思う。けれど、不安とは裏腹にいざ並んでみると思ったより回転が早い。15分ほど並んだところで、水槽のすぐ側までたどり着いた。側面にはびっしり目隠しが貼られていたが、その隙間から白い毛玉がうごめいているのが見える。心臓が止まりそうになった。手に汗を握りながら待っていると、遂に自分の番。スタッフに案内され水槽の正面までくると、穢れを知らない無垢な瞳がこちらを見ていた。

そう、私は今日この子に会いに来たのだ。先月の20日に誕生した、ゴマフアザラシの赤ちゃん。あざらし界に突如爆誕した一輪の花。あまりのかわいさにSNSでバズり散らかしたその子は、生で見ると5億倍愛おしかった。まだおぼつかない足どり(あざらしに足どりという言葉が適しているのかは謎)で、よちよちと飼育員さんに近づいていく姿には、母性を感じずにはいられない。私が産んだのかと思った。1分経過するとタイマーが鳴り、次の組に場所を譲るよう促される。メン地下の現場で「お時間でーす」と告げられた時と寸分たがわぬ気持ちにさせられた。完全に心を掴まれてしまった私は、貪欲に2周目、3周目と並び直した。3周目を迎える頃には先程までの活発さとは打って変わって、仰向けですやすやと眠っていた。きもちよさそうな寝顔を見ていると、じんわり涙が出てきた。本当に生まれてきてくれてありがとう。

名残惜しさを抱えながらその場を後にして、楽しみにしていたアザラシショーを見に行った。ショーの途中で勝手にどっか行くあざらしに、鼻でハーモニカを演奏するあざらし、餌の好き嫌いをする拒否ざらし。やっぱりあざらしって最高におもしろい。あの赤ちゃんが大人になってショーに出られるようになったとき、自由奔放で、はちゃめちゃな姿を見せてくれるだろうか。どっしりと転がっている姿を見られるかな。今はまだ名前がないけれど、その頃には名前を呼びに、たくさん会いに行くね。いっぱい寝ていっぱい食べて、まんまるあざらしになれよー!!!

@aza_rashi
日々のやわらか煮込み