思い込み

今、自分は比較的には体調が良い。以前は、諸々のことでストレスをため込み、日常生活すらままならない時期もあった。

人間関係や仕事もストレスではあったが、自分で自分の首を絞めていた面もあったと思う。

自分は創作活動を趣味としている。けれど、いつの頃からか、創作活動を自分の生きる意味だと定め、それをしていなければ自分には何の価値もないと思い込んでいた。

今は、そうした思い込みから脱しつつあると感じている。しかし、いつまた、あのがんじがらめの穴に落ち込んでしまうかは、わからない。

知人が良い作品を作ったりすることがあると、どうしても嫉妬や憧れが湧き出てきてしまう。それらが、自分のことを無価値だと錯覚させようとしてくる。

けれど、思い込みを思い込みと、錯覚を錯覚と気づけるようになってきたことで、好ましくない考えを退けられるようになってきた。これは、決して一人ではできないことだった。諭してもらわなければ、できないことだった。

もちろん、全ての思い込みを排除することはできないだろう。思い込みと事実を区別するのは難しいし、そもそも、上に書いてきたようなことも、思い込みの一種ではないかとも考えられる。

それでも、今の自分の考え方は、なかなか良いものなのではないかと感じている。なぜなら、現実問題として、心身が健康に近づいているからだ。

自らを枷やバイアスで縛り、ストレスに身をさらすような生き方を否定するつもりはない。そうすることでしか実現できない、夢や大義もあるだろう。

けれど、苦しみのあまり進むこともままならないのならば、今一度、自分を縛るものを眺めて、それらが本当に必要なものなのか、錯覚ではないのかと、疑ってみるのもよいのではないかと、少しだけ視野が広くなった自分は思う。