餡子には鎮静効果があります。ので、自殺の名所の目の前にたい焼き屋を開くことにしました。
こだわりの餡子、かりっと焼いた皮、くっきり浮かび上がる鯛の顔。どこにだしても恥ずかしくない一級品のたい焼きです。
これがびっくりするくらい売れません。
まず、立地が悪すぎるのです。最寄りのJR駅からは徒歩で一時間かかります。バスもタクシーもありません。市街地から自家用車で来ようとすると、すれ違うのも難しいガードレールなしの一本道や面白みのない林道を四時間ほど走らねばなりません(私は好きですが)。
本日でオープンから一ヶ月経ちましたが、お客様はなんとゼロです。閑古鳥が巣を作って住み始めてしまったとしか思えません。
自殺の名所を謳うにふさわしく、黄実崖のある米薫地区は一年のほとんどが曇りです。私がここに店を出してからというもの、すっきりと晴れた日は一日かそこらでしたでしょう。
そうです、私のたい焼き屋さんは名を「愛でたい焼き」といいます。おめでたい気持ちと、たい焼きを愛する気持ちが含まれています。どうぞよろしくお願いします。
私は虚空に向かって深々と頭を下げました。そして顔を上げたとき、そこには1人の女性が立っていたのです。
驚いた私は思わず、「ウヒョ! 客ダァ!」と叫んでしまいました。ようやく現れたお客様第一号に興奮していたのです。
しかしここで困ったことに気づきました。
つづく