ー合唱曲のCOSMOSの「君の温もりは 宇宙が燃えていた」って歌詞すごすぎないですか?
そんなツイートがどんぶらこと流れてきた。COSMOSは妹が中学生の時にピアノ伴奏をしてたっけ。歌があった方が練習しやすいと言われてずっと隣で歌っていた遠い記憶が蘇る。
ー「君の温もりは 宇宙が燃えていた遠い時代の名残り 君は宇宙」という歌詞が文章としては続くということだけ書いておきたい。その上でやっぱこの歌詞すごい。そして、「君の温もりは 宇宙が燃えていた」で音楽的に一旦途切れるのがなんとも言えない詩的なニュアンスを生み出しているのもわかる。
翌日またこんな引用ツイートがどんぶらこと流れてきた。そしてその少し後にはさらにこんな引用も。
ーローレンス・クラウスの言葉を思い出した。「あなたの身体にある原子は、すべて爆発した星々からやってきたものだ。あなたの左手を構成する原子は、おそらく右手のものとは別の星からやってきたものだろう。これは私が知るうちで、物理学に関するもっとも詩的な事柄だ。あなたは星屑なのだ。」
ローレンス・クラウスは理論物理学者であり宇宙学者だ。この世界でいちばんロマンチストな職業は詩人ではなく科学者だと信じて疑わない時期があった。そしてそれは間違いなく科学者である父の影響だった。
父が科学者を目指すきっかけになったと言っていたのはカールセーガンの著作であるCOSMOSだった。カールセーガンは今なお宇宙の闇を孤独に進み続ける探査機・ボイジャー号の企画にも携わった天文学者だ。何かが一つ巡った気がした。
父は頭脳明晰だが、そのロマンチストであるが故にいわゆる「社会」とは反りが合わず、私が中学生の頃に双極性障害になった。絶対的であった父親がメソメソ泣いたり家族を罵ったり怒鳴り散らしたり叫びながら家の物を壊しまくったり死ぬと言って夜中に家を出たりする姿は私の人格形成に甚大な影響を与えたし、いっそ死んでくれたらこの苦しみに区切りがつくのにと思った夜は数知れない。まあこれは別にいまどき珍しいことではないし、症状さえ出なければ良き父であっただけ私は恵まれていたし、それでも私は私でもっと痛がっても良かったのだと知るまでには10年くらいかかったけど。
だから父に抱く思いはとても複雑なのだけれど、父からもらったものの中で最も大きな財産はそのロマンだと、今はそう思う。
先述のツイートを見て、カールセーガンのCOSMOSを思い出したという話を父にした。COSMOSは宇宙の話のような気がするけれど、なぜ父はタンパク質の構造解析の道を選んだのかと聞いてみた。父は答えた。宇宙の話と物質を構成する原子の話は同じで、全部繋がっているのだと。その中で一番、何時間没頭していても苦ではないものを選んだのだと。
夢を叶えて科学者になったはずの父は、この10年口を開けば仕事(というより職場の人間関係)の愚痴ばかりだった。ぐるぐるぐるぐると同じ愚痴ばかり呪文のように唱えては症状を悪化させていく父の話に相槌を打つたびに心に麻酔を打った。それでも父は科学の話をする時には少年のように目を輝かせる。
昨年、ゆで卵を茹でながら「この世界の大体の物質は加熱すると液状になっていくのにどうして肉や卵は固くなるのだろう」という疑問に、ネット記事は「その現象はタンパク質の熱変性と呼ばれる」ということを教えてくれたけれど、私はその仕組みが知りたかった。それこそが父の「よくわからない」専門分野の一端であることをそこでようやく知った。
この世界のあらゆるものの中に宇宙が、そしてロマンがあるということ。「なぜ?」をこどもの頃の私以上に問い続け、追いかけ続けているひとが近くにいることはきっと私の傘でもあったのだろうと、ようやく心の置き場を見つけたところだ。
父は「薄明」も「拝啓」も「CARAT ZINE」も笑わないどころか科学の話と同じように喜んでいた。多分それらも宇宙を、ロマンを孕んですべて繋がっているのだ。