酔って記憶をなくした経験が、じつは銃兎にはそれなりにあった。
でもそれは大抵の場合、飲んで帰宅した直後に一人になった安心感から気が抜けて睡魔に負けてしまう、というパターンであって、外で人様に迷惑をかけるような酔い方はほとんどしていなかった。と、思う。
それも、ここ数年はさっぱりなくなっていた。付き合いで飲むことはあっても嗜む程度で、酔うほど杯を重ねることをしなくなったからだ。
そのはずだったのだ。
銃兎はのっそりとまぶたを持ち上げた。下から見上げる形で、知った男の顔がある。その視線は手に持ったスマートフォンへ向けられているようだった。
この角度から眺めても、容姿の整っていることがよくわかる。プラチナブロンドの毛先が照明の明かりを受けて、キラキラと光っていた。
「よぉ、起きたかよ」
ぼうっと見つめていたら、急に視線が合ってたじろいだ。男は銃兎の顔を覗き込むと、「寝心地はどーだった?」と言って意地の悪い笑みを向けてきた。
そこでようやく銃兎は、自分が今まさに頭を置いているのが、枕やクッションの類ではないことに気がついたのだ。
どうして、を思い出そうにも、ここまでの記憶が曖昧だった。アポなしで銃兎のマンションに現れたこの男と、ふたりで飲んでいたのは覚えている。連勤明けで自身がひどく疲れていたことも、それゆえに酔いが早いなと思ったことも。
「説明、いる?」
銃兎の混乱を見抜いてか、左馬刻はニヤリと口の端を吊り上げながら問うてきた。
でもその前に、まずはビンテージデニムの太腿に乗せたままのこの頭を持ち上げなくては。あまりに居た堪れなくて、死にそうだ。