クチャクチャに潰れたパッケージの中の煙草は、案の定折れていて吸えたものではなかった。おそらく、先ほど木の根に足をとられて転倒した際にやってしまったのだ。それで仕方なく、同じヘビースモーカーに乞うことにした。
「左馬刻、煙草くれないか」
理鶯のベースキャンプで焚き火にあたりながら温かいコーヒーと共に夜を明かし、初日の出を見る。そのスロウな提案は、とても魅力的に思えたのだ。ただそこへたどり着くまでの道中の困難さを、忘れていたわけではないが、うっかり軽んじてしまった。おかげでコートが土まみれだ。帰ったらクリーニングに出さなければならない。
少し先を歩く、普段よりしっかり着込んだ背中がこちらを振り返った。上着のポケットをごそごそと漁り、放って寄越されたそれをありがたく受け取る。一本取り出して、こちらは無事であったオイルライターで火を点ければ、愛飲のものではないがよく慣れた香りが肺を満たした。
もう何度も、この男とこの道を歩いた。初めて理鶯に引き合わせた際には「どこまで歩かせンだ」などと文句を並べ立てていたのに、今ではすっかり慣れたもので、先頭に立って黙ってせっせと足を動かしている。罠の位置、というより、理鶯が罠を仕掛けそうな場所も大体把握していて、誤って引っ掛かることもなくなった。
この数年で、すっかり日常になってしまった。でもこの日常は、永遠ではない。理鶯が、左馬刻が、あるいは銃兎自身がある日居なくなれば、簡単に失われてしまうかもしれないのだ。
「いつまで突っ立ってんだ、行くぞ」
左馬刻が再び歩き始める。その手と上着の袖口が、銃兎がすっ転んだ時に引き起こしてくれたせいで、少し汚れているのを知っていた。
どうなるのかもわからない、不確定な未来を憂うよりも、今ここにある現実を大切にしたい。たとえば、このあと待っているであろう美味い料理とコーヒー、それを用意してくれている頼れる仲間がいること。そしてこの男とそこへ続く道を歩いているということ。